その話を聞かせてくれたのは、大学の同期だった。
飲み会の席で酔いが回りきる前、ふと真顔になって語り出したのだ。
夕方のことだったという。夏の西日が部屋の床に四角く落ち、埃が光に舞っていた。彼は机に肘をつきながら文庫をめくっていたが、突然、窓を叩く音に肩を跳ねさせた。硬質な衝撃が二度三度、ガラスを震わせたらしい。
振り向くと、友人のB君が外から身を乗り出すようにして叩いていた。汗に濡れた額、妙に赤らんだ頬。切羽詰まった顔で「開けろ」と叫んでいたという。
窓を開けた途端、B君は早口に言葉を押し込んできた。
「聞いてくれよ! さっき河原を自転車で走ってたんだ」
荒い息をつぎながら、彼は奇妙なことを言ったそうだ。チェーンが外れて、後輪が回らない状態なのに、ずっと漕げていた、と。気付いた瞬間、途端に進まなくなった、と。無意識にだから出来たのかもしれない、と。
語り手は笑うに笑えず、妙な寒気を覚えた。息が合わない、話の焦点がどこか噛み合っていない。彼は勇気を出して口を挟んだという。
「……それより、B君」
B君が怪訝そうに眉を寄せた、その時だった。
「ここ、五階だぞ。どうやってそこに立ってるんだ?」
息を呑んだ瞬間、窓の向こうは空っぽになっていた。騒音も、埃の光も、その後の時間も、不自然なほど静かに続いたらしい。
彼はそれきりB君を見ていない。
飲み会のざわめきの中で、話を終えた同期はジョッキを握ったまま笑った。
「不思議だよな。気付かない間は成り立つことが、この世にはあるんだ」
その言葉を聞いた時、周りにいた誰もが妙な違和感を覚えた。なぜなら、彼自身がその夜から講義に現れなくなったからだ。
[出典:129 :本当にあった怖い名無し:2007/07/04(水) 13:34:50 ID:Ue07ijGRO]