今でも、春の宵に山から吹き下ろす風を聞くと、あの声を思い出す。
あれがただの風音だったのか、それとも山中を歩き回る何かの囁きだったのか、いまだに判別がつかない。私は広島の御調郡久井町に生まれ、この盆地の底で年を重ねてきた。地図の端に小さく記されるだけの山間の町だが、夜になると輪郭の曖昧なものが息を潜めている気配がある。
子供の頃、年寄りたちは「クイゴン」の話を真顔で語った。猿に似ているが、どこか人間の面差しが混じっているという。背丈は子供ほど、顔は老いさらばえた男にも見え、畑の作物や弁当をさらう。妙に人間臭い振る舞いをするが、侮ってはいけないと釘を刺された。うっかり「バカ」などと口にすれば、喉の奥から低い唸りが返り、背後に影が走るという。
笑い話として聞き流せる類の怪談ではなかった。布団に入って目を閉じると、耳元で荒い息が揺れる気がした。闇が、私の口の中に残った言葉を探りに来る。何も言っていないのに、何かを言わされた気配だけが残る。
町外れに庚申原と呼ばれる一角がある。苔むした小さな墓石が点在し、春でも空気が冷たい。そこには猿を我が子のように可愛がり、ともに暮らした老人が眠っていると伝えられている。死後も猿たちが墓前に集い、静かに座していたという話が残る。命日の春、群れが山から下りてくるのを見た者もいると聞いた。
だが別の話もある。庚申原の老人は、ただ猿と暮らした人物ではない。宇根山の奥、かつて姥捨てがあったと噂される場所に縁があったのではないかという。年老いた者が山に置き去りにされる。その生々しい記憶を、古い言葉が今も含んでいると、町の古老は言った。
捨てられながら生き延び、山で猿と交わり、顔つきが次第に人とも獣ともつかぬものへ変わった。やがて里へ下り、作物を奪い、人の言葉を真似るようになった。それがクイゴンではないか。そんな話を聞いたとき、私は奇妙な違和感を覚えた。恐怖よりも先に、どこか納得してしまう感覚があったからだ。
二十五年ほど前、比婆郡でヒバゴン騒動が報じられた頃、久井町でも古い記憶が掘り起こされた。「ここにもおったじゃろう」。そう言う声は冗談めいていたが、誰も本気で否定はしなかった。
私はその頃、父の墓参りで宇根山の麓をよく歩いた。山道で、背後に草が揺れる音がする。振り向いても誰もいない。それでも空気の奥に、誰かの口から零れたような「バカ」という響きが残る。自分が言ったわけではない。だが、誰かが私の舌にその言葉を乗せようとする。
ある春の夕暮れ、庚申原で影を見た。墓石の前に小柄な何かが腰を下ろしている。背を丸め、片手に白い塊を持っていた。握り飯に見えた。影はゆっくり顔を上げたが、輪郭は闇に溶け、毛並みにも皺にも見えた。猿とも老人ともつかない顔だった。
恐怖は遅れてきた。先に走ったのは、妙な既視感だった。遠い血縁の顔を思い出すときの、説明のつかない近さ。私はその場から動けなかった。
風が吹いた。竹の葉が擦れ合い、影は消えた。墓前には白い塊だけが残っていた。近づいて拾うと、確かに握り飯だった。米はまだ柔らかく、塩の匂いが微かに立つ。誰かがついさっき握ったとしか思えない温もりがあった。
私はそれを供え直した。自分が持ち去れば、何かを引き受ける気がしたからだ。
あれ以来、町の人々はクイゴンの話を冗談にしている。観光客向けの土産話のように語る者もいる。だが春になると、私は耳を澄ます。風に混じる声を探す。あのとき墓前で私を見上げたものが、今も山にいるのか、それとも町のどこかに紛れているのか。
ひとつだけ、消えない記憶がある。庚申原の土の上に転がっていた白い握り飯。あの米粒は、山の冷気の中でも確かに温かかった。誰が握ったのかを、私は考えないようにしている。考えた瞬間、あの言葉が自分の口から零れそうになるからだ。
[出典:557 名前: あなたのうしろに名無しさんが…… 03/12/05 14:56]