ネットで見つけた話。
京都の上賀茂神社へ出かけたという女性の投稿だった。理由は単純で、雑誌に載っていた八咫烏のおみくじが格好よかったからだという。神の由来などは知らぬまま、軽い気持ちで足を運んだらしい。
北大路のバスターミナルを出たときには曇天だった空が、バスに乗るとすぐに雨へ変わった。御薗橋に着いた頃には雨がやみ、神社に近づくと逆に空が裂けるように晴れ渡っていた。境内に足を踏み入れた時には、そこだけが真夏のような陽気で、周囲とはまるで違う空模様だったという。
本殿へ向かう途中、用を足そうとトイレに寄った。扉を開けて外に出た瞬間、雷鳴が轟いた。見上げれば雲の切れ目のように神社の真上だけがぽっかりと晴れ、雲の縁で稲光が暴れていた。雨は一滴も落ちてこないのに、耳をつんざく音だけが響く。すぐ横で観光客らしき三人組の女性が、スマホを覗き込みながら「市中は大雨で真っ赤」と話していた。晴れているのはここだけだと悟った。
石段を上ろうとした時、トイレにタオルを置き忘れたことに気づき、引き返そうとした。その刹那、目に飛び込んできたのは異様な姿だった。紫地に白紋を染め抜いた狩衣をまとい、裳を地に擦りながら進む影。足元は見えず、ただ衣の長い裾が石段を這っていくばかり。ゆらゆらと登っては、賽銭を投じる仕草をして消えた。
神職なら賽銭を投げるはずがない。参拝客だとしても、なぜ神殿の中心であんな装束を身につけていたのか。そもそも、どこから現れたのか。気づいたときには、その人影は跡形もなく消えていた。
お参りを済ませた後、八咫烏のおみくじと、稲妻の意匠が裏に描かれた黒いお守りを買った。境内を出ると、先ほどまで吹きつけていた風がぴたりと止んだ。
そのときふと、石段を登っていった狩衣の背に、金色の烏の羽根のような光がちらりと見えた記憶が甦った。見間違いかもしれない。しかし、手に握ったお守りの稲妻の紋が、その光景を確かに裏打ちしているように思えたという。
[出典:投稿者「なずな ◆p1qlxGGw」 2025/08/19]