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白い教室 r+2,230

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あれが何だったのか、いまだに説明がつかない。

夢だったと思いたい気持ちもあるけれど、夢にしては、あの時の湿った空気の匂いや、自分の靴の音、天井の染みの形まで、妙に鮮明すぎる。

小学三年の、確か秋口のことだった。
薄曇りで、教室に差し込む光がやけに白かったのを覚えている。休み時間に、ふと尿意を覚えて一人トイレに立った。隣のクラスの男子とすれ違いざまにふざけ合った記憶もある。ほんの数分のことだった。

だが、教室に戻った瞬間、すべてが変わっていた。

誰もいなかった。

机が整然と並び、椅子はきちんと中に収められていて、教卓の上に置かれた出席簿がやけに整って見えた。教室の窓はすべて閉じられ、風一つ入らず、外の音も聞こえない。昼休みのガヤガヤした空気も、誰かの笑い声も、何一つ聞こえない。

次の授業は体育だった。集合は体育館、と朝の会で先生が言っていた。誰かが「体育着に着替えよう」と言っていた声も思い出した。だから、皆は先に体育館へ向かったのだろうと思い込んだ。

自分の席に戻り、ランドセルの横にかけていた体操服袋を取り出す。でも、なぜか違和感があった。机の上に、誰一人着替えの痕跡がない。普通なら誰かの名札が落ちていたり、体操着のボタンが外れていたりする。そういう小さな「子どもらしさ」が、どこにもなかった。すべてが、異様に整いすぎていた。

胸の内に、見えない氷のようなものが張りついた。

早足で廊下に出た。誰もいない。廊下の奥に見える階段も、白い蛍光灯の光にぼんやりと照らされているだけで、誰かの気配はなかった。コツコツという自分の足音だけが、やけに大きく響いていた。

もしかして、授業が始まっているのかもしれないと焦りながら、体育館へ走った。
あの扉を開けるとき、手が小刻みに震えていたのを覚えている。

扉の向こうは、静寂そのものだった。
体育館の中央にバレーボールのネットが張られたまま、ボールも落ちていない。広い空間に、自分の吐息だけがふっと浮かんでは消えた。

誰もいないのに、天井の電気はついていた。白い光の下で、ひとりだけが取り残されていた。あまりのことに、何も考えられなくなった。

しばらく突っ立っていたが、いても意味がないと感じて、また教室に戻ることにした。
その帰り道、ちょうど階段の踊り場で――知らない教師に声をかけられた。

「君、何をしているの」

低い声だった。怒っているようでもあったが、それ以上に冷たかった。
振り向いたとき、顔を直視できなかった。目が合うのが怖かった。

「体育、です……教室に、誰もいなくて……」

そう言いかけた途端、その教師が目を細め、何かを言おうとした気配があった。だが言葉が出る前に、あたしは逃げるように走っていた。
足元がふらつきながらも、全速力で教室に戻った。

教室の戸を開けた瞬間――空気が一変した。

騒がしい声、ざわめき、椅子を引く音、誰かの笑い声。
いつもの、昼休みがそこに戻っていた。

皆が体操服に着替えていて、何人かは靴下を脱ぎながら、おしゃべりしていた。窓は開け放たれ、風がカーテンを揺らしていた。

一瞬、自分の耳が壊れたのかと思った。あの静寂の世界と、あまりに違いすぎていた。

「なにしてんのー、早く着替えな」

そう言って、友達が肩を叩いてきた。手の感触が、妙に現実味を帯びていて、逆にぞっとした。
あたしは何も言えず、ただ頷いて、体操服に着替えた。
そのまま何事もなかったように体育へ向かい、ボールを投げて笑い、笛の音で集合して、普通に一日を終えた。

でもあの瞬間――教室の戸を開けるまでの数十分間――世界は確実に、違っていた。

後日、母に話そうとした。だが「何それ」と笑われ、「変な夢でも見たんじゃない?」で終わった。友達に言っても、「気づかれなかっただけだよ」で片づけられた。

子供の頃の話だし、自分自身も半信半疑だった。でも、大人になった今、似たような体験を読んだり聞いたりすることが何度かあった。

誰にも気づかれず、誰にも存在を認識されない時間。
世界から自分ひとりだけが、ぽっかり切り離されたような感覚。
音も、気配も、人のぬくもりも、すべてが失われたような、あの感覚。

……あれは何だったんだろう。

たまに、ふっと思い出す。たとえば、エレベーターに乗っていて、扉が開いたのに誰も乗ってこないとき。夜中に目を覚ましたとき、外の音が一切聞こえなくなっているとき。

そんなとき、またあの世界に足を踏み入れてしまうのではないかと、胸がきゅっと締めつけられる。

一度だけの体験だった。だけど、あの感触は、生涯消えないまま、ずっと胸の奥にこびりついている。

そういえば、あの時の知らない先生。
今になって思うと、学校のどの先生とも顔が一致しない。
あの顔は、どこにもなかったはずだ。

なのに、夢ではないと断言できてしまう。それが、何より恐ろしい。

[出典:287 :可愛い奥様:2018/04/17(火) 18:10:34.42 ID:a9ZTm04k0.net]

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