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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

黒衣の読経 n+

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血の気が引くような出来事が、あの日立て続けに起きた。

季節は梅雨の始まり、湿った空気がじっとりと肌にまとわりつく日だった。
その日の午後、俺はとある案件で郊外の貸家へ向かった。古びた屋敷……ではない。築十五年、外見はまだ新しさも残る。だが、そこに染みついた「何か」が時間の感覚を鈍らせていた。

そこに住んでいたのは、仮にAさんとしておこう。話を聞くと、この家には曰くがあるらしい。曰く——かつて庭の柿の木で住人が首を吊った。それはただの都市伝説ではなく、事実として語り継がれているとのこと。

だが、俺には霊感というものが一切ない。
いや、むしろ“ゼロ”に近い。
夏になるたび、毎年「今年こそ幽霊を見るぞ」と意気込んでいるのに、未だその目標は達成されたためしがない。

Aさんは最初、俺が門をくぐる姿を見て、少し驚いたようだった。
曰く、この家に「感応」する者は、門の手前で吐き気を催し、泣きながら帰ってしまうのだという。
その点、俺はというと、門をくぐっても、玄関の扉に手をかけても、屋内の空気を吸い込んでも、ただの古い貸家としか思わなかった。

「○○さん、相当ですね……」

Aさんは目を丸くしていた。
むしろ拍子抜けしたようで、俺が家の中を歩くたび、その視線はどこか「期待していたのに」とでも言いたげだった。

曰く、階段の踊り場では逆さの女がぶら下がるという。
そこで俺は、わざとその場所でジャンプしてみせた。
和室には血塗れの男が這いずり回るという。
そこで俺は、寝転んで昼寝の真似事までした。
けれど、肌寒さ一つ感じなかった。生暖かい風さえ吹かなかった。

Aさんも最後には笑って、「お守り、要らなかったですね」と呟いた。
確かに、同僚たちは口を揃えて「絶対お守り持って行けよ」と言っていた。
だが、何も起きなかった。俺の“鈍感”は健在だった。

その帰り道だった。
助手席にカバンを放り投げ、エンジンをかけたところで、着信音が鳴った。
母からだった。仕事中に電話をよこすなど、滅多にない。

電話に出ると、母の第一声は妙なものだった。

「……あんた、今どこにいるの?」

その声は低く、焦りが混じっていた。
俺が状況を尋ねても、「大したことじゃない」と言葉を濁すばかり。
「帰りに寄って。そしたら話す」とだけ告げて、電話は切れた。

夕方、実家に立ち寄った俺を待っていたのは、母の顔色の悪さだった。
開口一番、母はポツリと語りだした。

「今日の昼、うたた寝してたの。居間でね」

その時、半開きのドアの向こうを誰かが横切る気配を感じたらしい。
母は慌てて起き上がり、来客かと廊下へ出た。
その時、人影が和室に入って行くのが見えた。

てっきり客人だと思った母が和室を覗くと、そこには黒い袈裟を纏った坊さんが一人、静かに座っていた。
そして、何の前触れもなく、低く重たい読経が始まった。

母はその場に正座し、「ありがたいことだ」と思って静かに拝聴していたという。
だが、ふとした違和感が、じわじわと心に広がっていった。

(……あれ?この坊さん、誰?)

顔に見覚えがない。
しかも黒い袈裟。読経も、聞いたことのない抑揚で、まるで……葬式のようだった。

その違和感が膨らんだその時。
廊下側の障子の向こうに、また気配が立った。
母がそっと障子を開けると、そこに立っていたのは、俺の祖父——母の父だった。

もう十年以上前に亡くなった人間だ。

祖父は、驚く母に向かって静かに言ったという。

「……そんなもんに茶なんか出すな」

そして、音もなく廊下の奥へと消えた。

その一言で、母は我に返った。
和室に戻ると、坊さんは相変わらず無表情で読経を続けていた。
空気はどこか粘ついており、時計の針も止まって見えるほどだった。
逃げてはならない。
母はそう強く感じたという。

そして、ついに読経が終わった。

静寂が、和室を支配した。
坊さんは顔を上げ、真正面から母を見据え、低く問いかけた。

「……何故だ?」

その瞬間、母は無意識に、怒鳴っていたという。

「何故なら、私のものだからだ!」

その直後、場面はぷつりと切れ、母は居間で目を覚ましていた。
強烈な胸騒ぎが収まらず、俺に電話をかけたのだと。

そこで初めて俺は、自分がその時どこにいたのかを母に話した。
「幽霊屋敷に行ってた」と。

母は少し黙った後、深いため息をつき、
「やっぱりお前のせいか!」と怒鳴り、俺の肩を軽く殴った。

そして言った。

「じいちゃん、守ってくれたんだよ」

そう言えば、母はよく祖父の墓前で祈っていた。
「お父さんは○○を見ないで死んだんだから、せめて守ってやって」と。
本当に、ずっと見守ってくれていたのかもしれない。

俺が幽霊を見られないのは、
もしかすると、祖父が“見せないように”してくれているからなのかもしれない。

だとしたら、それは「守り」なのか、「遮り」なのか——
俺には、もう分からない。

ただ、あの坊さんが何だったのか、あの日母が睨みつけた“読経の意図”が何だったのか。
それを知る術は、もうどこにもない。

……今夜も、幽霊は現れない気がする。

[出典:125 :本当にあった怖い名無し:2011/05/29(日) 18:26:24.83 ID:QiOEhOE+O]

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