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憑く女 r+7,970

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これは、俺が大学生だった頃の話だ。

人間には、「行きたくない」と説明できないのに思ってしまう場所があるだろう。理由はわからない。ただ、その道を選んだ瞬間に、全身が拒絶を叫ぶような感覚に陥ることがある。あれは、まさにそういう瞬間だった。

当時、犬を飼っていて、大学から帰ると散歩に連れていくのが日課になっていた。可愛いんだが、毎日となると正直面倒になる日もある。犬飼ってる奴ならわかると思う。
その日も疲れていて、普段の道を歩くのが億劫で、早く帰ろうと思った。だから普段は通らない、近道になる細い一本道を選んだんだ。

そこは開発の進んだ住宅街の中で、なぜか取り残されたように木が並び、枝が空を覆ってアーチ状になっている。昼間でも少し薄暗く、周囲の明るさと比べてそこだけ切り取られたように沈んでいる。なんてことのないただの道だ……はずだった。

足を踏み入れようとした瞬間、嫌な感覚が押し寄せた。理由もなく、足が前に出ない。いつもならリードを引っ張る犬も、その時ばかりは固まったように動こうとしない。
犬と俺、二人揃ってその先に進みたくない――そう思った。

けれど、早く帰りたいという気持ちが勝ってしまった。嫌がる犬を無理に引き連れて、その道を歩いた。湿った土の匂い、風もないのに微かに揺れる木々。気味の悪さを覚えながらも、早足で抜けて帰宅した。

それが、異変の始まりだった。

数日後から、左肩に鈍い痛みが出始めた。骨が軋むような、誰かに掴まれているような、重く締め付けられる感覚が続いた。最初は肩こりかと思った。だが痛みは消えない。
幽霊に憑かれると肩が重くなるなんて話を聞いたことはある。信じちゃいなかったが、その時ばかりは妙に現実味を持って感じられた。

それでも害らしい害はない。犬は元気だし、家族にも何も起きない。だから我慢できると思った。ホラーは好きだが、幽霊を心底信じていたわけでもないし、偶然身体の不調が重なったんだろう、と自分に言い聞かせた。

そうして数日、痛みに慣れてきた頃、大学の講義を終えて廊下を歩いていた時だった。前から歩いてきた女子学生が、俺を見て「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
俺は別にイケメンでもないが、これまで誰かに悲鳴を上げられる顔ではなかったはずだ。自意識過剰だと思おうとしたが、その女はそれ以降も俺を見る度に露骨に避けるようになった。進行方向を変えたり、距離を取ったり。二ヶ月ほど続くと、嫌でも意識してしまう。

やがて、その女の友達を名乗る人物から呼び出しを受けた。人の少ない研究室棟の廊下で待っていたのは、その女と友達らしいもう一人だった。俺を見る女は相変わらず怯えた顔をしている。だったら呼び出すなよ、と思った。

促されるようにして女は言った。
「あなた、憑りつかれてますよ」

最初は冗談かと思った。顔を合わせるたびに避けてきた奴が、急にそんなことを言い出す。頭のおかしい奴か、霊感があるとでも言いたいのか。大学生にもなって……と呆れた。
だが、つい訊ねてしまった。何が憑いてるんだ、と。

彼女は首を横に振った。
「それは言えない。でも、このままじゃ危険だから。メアドを教えてくれれば、私が助けます」

馬鹿げていると思った。二ヶ月間、肩が痛い以外に何も起きていない。だから断った。
だが、それから奇妙なことが起こった。なぜか彼女からメールが届くようになったのだ。

『大丈夫?』
『痛くない?』
『助けてあげるから』

毎晩、必ず届く。メアドを変えても、なぜかまた新しいアドレスを探し出して送ってくる。送り主がどうやって俺の新しい連絡先を知るのか、まったくわからない。

俺は卒業した。社会人になった。住む場所も変えた。だが、それでも彼女からのメールは途切れない。五年経った今もだ。

左肩は相変わらず重い。だが、もう慣れた。痛みなどどうということはない。
ただ――問題は、その女の存在だ。

助けてあげると繰り返し、夜ごと届くメール。
何から助けるというのか。俺を怯えて避け続けたのに、なぜ今もこうして執拗に関わってくるのか。

ひとつだけ、怖い考えがある。
肩の痛みは、あの日あの道で憑いたものの仕業かもしれない。だが、もしそうなら……俺に本当に憑いているのは、あの時からずっと俺を見て怯えている、この女の方なんじゃないのか。

未だに俺は、その証拠を見つけられずにいる。
メールは、今日もまた届いている。

(了)

[出典:296 本当にあった怖い名無し 2012/05/03(木) 17:25:46.46 ID:gcbZy0Y00]

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