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短編 r+ 怪談

七人の歩み音 r+1,637-2,051

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学生時代、私が誰にも話せずに胸の奥へ押し込めていた出来事がある。

いや、正確には、それは私自身の体験ではない。ある男から直接耳にした話なのだが、そのときの彼の震える声と、語りながらも時折うつろに宙を見上げる眼差しが、私の中にまで深く染み込んでしまった。だからこそ、これは伝聞でありながら、私自身の記憶のように蘇ってくるのだ。

彼が幼かった頃、家族と同じ布団に潜り込んで寝ていたにもかかわらず、夜という存在は恐怖そのものだったという。夜気は濃く、闇は部屋の隅々にまで染み込み、天井の木目までもが不気味にうごめいて見えたそうだ。家族の寝息が聞こえるはずなのに、その音が逆に「自分だけが目覚めている」という孤独を突きつけてきた。だから彼は毎晩、布団を頭からかぶり、呼吸を潜めるようにして眠りに落ちるのを待っていた。

そんなある夜、不意に耳に届いた音があった。

――シャン。

遠くの方で金属が鳴るような、かすかな響き。彼にはタンバリンのように思えたが、音色はもっと乾いていて、湿った夜気に異様に浮き上がっていたという。初めは一度きりで終わるかと思われたその音は、やがて一定の間隔を持って繰り返された。

――シャン、シャン。

間を置き、また鳴る。二拍子のような規則性。眠りの底へ沈んでいた意識が一瞬で引き戻され、布団の中で固く握った小さな手が震え出した。

音は次第に近づいてきた。まるで道をこちらへ向かって歩んでいるかのように。外には誰もいないはずの深夜、家の前を通る足音などあり得ないのに、音ははっきりと、確実に彼の家の方へ迫ってきた。

――シャン!

不意に、それまでよりも大きく響いた。家のすぐ前で鳴ったとしか思えないほどの近さ。布団の中で息を殺した彼は、眼をぎゅっと閉じ、全身を強張らせてただ通り過ぎるのを待った。どれほどの時間が経ったのか、音はやがて遠ざかり、再び夜は沈黙を取り戻した。

翌朝、勇気を振り絞って家族にその音のことを話したが、誰も聞いてはいなかったという。笑い飛ばす者もいれば、黙って首を傾げるだけの者もいた。けれど、彼の胸の奥にはあの「シャン」という音が棘のように残り、数日は一人で眠れなくなったらしい。

それもやがては幼い記憶として薄れていった。だが数年後、思いも寄らぬ形であの夜の出来事がよみがえった。

姉が持っていた怪奇漫画を読んでいたときのことだ。そこに描かれていたのは、錫杖を持った僧侶たちの亡霊の話。彼らは集団で現れ、夜の闇を歩き、時に人間を取り込んで仲間にしてしまうのだと書かれていた。ページの最後には「実際の目撃例」として短い解説が添えられており、そこにははっきりと地名が記されていた。

《山口県徳山市》

文字を目にした瞬間、彼の背中を冷たい汗が流れた。あの夜、自分の耳に届いた音と、漫画に描かれた亡霊の錫杖の音とがあまりにも重なってしまったからだ。布団を被って震えていた幼い自分と、ページの中で笑いなく描かれた僧形の群れとが、ひとつに結びついてしまった。

彼はさらに調べた。やがて「七人ミサキ」という言葉を見つけた。山口県徳山市――今の周南市に伝わる亡霊の伝承であるという。それは七人の僧侶が連れ立って夜道を歩き、錫杖を鳴らしながら女子供をさらっていくというものだった。地元では、日暮れ後の外出を慎む戒めとなり、どうしても夜道を歩かねばならぬときには「親指を拳に隠せ」と言い伝えられていたそうだ。

その仕草は、彼自身も霊柩車を見たときに自然とやっていたものだった。だが、それがこの土地の亡霊譚に由来していると知ったとき、奇妙な笑いと共に深い戦慄が湧き上がった。あの夜の音は幻聴などではなく、本当に耳に届いたものだったのではないか。もし布団から這い出し、窓の外を覗いていたら……目にしたものは、果たして人間であったのか。

彼は語り終えた後、私の目を見ようとはしなかった。天井を見つめたまま、小さく息を吐き出すだけだった。

私の耳にも、語りを締めくくったその沈黙の奥で、かすかに「シャン」という金属音が鳴った気がした。

関連話

⇒ 七人みさき

⇒ 七人坊主

追申

八鉦(やっしょう)七道者による金叩(かねたたき)・八柄鉦/八丁鉦とも。

まかしょ ⇒ 江戸時代、白頭巾に白衣を着け、寒参りの代行をするといって江戸市中を巡り歩いた願人坊主。子供に天神像を刷った紙を撒いたので、子供らが「まかしょ、まかしょ」とはやしたことから由来する。

(了)

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