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座敷牢の娘 r+4553

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これは、祖母が子供の頃に体験した、今となっては語られない出来事だ。

昭和5年(1930年)頃、祖母の村にはひときわ大きな屋敷があり、その一角に小さな掘っ立て小屋が建っていた。古い土壁に囲まれ、内側には頑丈な鍵がかけられていたその小屋は、まるで犬小屋のような佇まいだったという。村の者たちは「座敷牢」と呼んでいたが、実際には牢というにはあまりに粗末で陰鬱な空間だった。

その中に閉じ込められていたのは、大地主の娘だった。生まれつき様子がおかしかったと噂され、誰もその素性に触れようとしなかった。しかし、村の年長者たちは密かに、「あれは地主の愛人が産んだ子で、性病を持って生まれてきたから隔離されているのだ」と口にしていたという。曾祖父も祖母にそう語った一人だった。

既に30年以上も、地主の娘はその座敷牢に閉じ込められていた。外に出されることもなく、食事だけが静かに運ばれる生活だった。子供たちは小屋に近寄ることを厳しく禁じられ、見てはいけないものとして恐れを抱いていた。けれども祖母が物心つく頃には、村中の大人たちはそれを当たり前の光景として受け入れているように見えた。あの家の権力がどれほど強かったのかを物語っていた。村役場も警察も一切口出しをせず、地主の家には厳重な「不可侵」の空気が張り詰めていたのだ。

ある日のこと、突如としてその日常が破られた。娘が座敷牢から逃げ出したのだ。

村中が驚きと恐怖に包まれた。地主の娘が道を駆け抜け、髪を振り乱しながら無我夢中で走っていた。その顔を見た者は誰もが息を飲んだ。彼女の肌はまるで老人のようにしわくちゃで、長い年月を一人閉じ込められていた証が刻まれていた。しかし、彼女の目には涙が浮かび、細い声で何かを叫びながら走り続けていたという。

祖母は、家の中から出るなと言われていたものの、好奇心に駆られて窓の隙間から外を覗いた。その時、家の前を走り過ぎる娘の姿を目撃したのだ。泣きながら走るその様子は、決して凶暴なものではなく、むしろ哀れで、どこか人としての叫びを感じさせたという。しかし、恐怖に圧倒された祖母は身を硬くして動けず、ただその姿が消えていくのを見届けるしかなかった。

村人たちは、娘が一体どこへ行ったのかとざわついていた。大地主の家からも何人かが追いかけて出ていき、村外れまで駆けつけた者もいたが、結局、娘は町の方まで走り去り、そこで警察に捕らえられたという話が伝わってきた。さすがにこの事態は見逃すわけにはいかなかったのだろう。数日後、大地主は村中を巡り、「娘を精神病院に送りました。ご迷惑をおかけしました」と頭を下げて回った。

しかし、娘が本当に精神病院に送られたのか、そしてその後どうなったのか、誰も真実を知ることはなかった。地主はそれ以上何も語らず、村人たちも再び口をつぐんだ。そして戦後の混乱の中で大地主もまた土地を失い、どこかへ去ってしまった。残されたのは、娘が閉じ込められていたあの小屋と、無言のまま埋もれた秘密だけだった。

何年も経ったある日、祖母と一緒に歩いていた時、彼女がふと「あの座敷牢があった場所はあそこだよ」と指さした。そこには今は郵便局が建っていて、かつての痕跡はすっかり消えていた。あの出来事を知る者も少なく、時代が変わり、人々の記憶からも消えかけていた。

不思議なことに、郵便局に怪奇現象が起こることもなく、事故も特にない。ただ、何も知らない人々が当たり前のように手紙を出し、荷物を受け取りに訪れている。しかし、祖母にとってはその場所がただの郵便局ではなく、数十年前の恐ろしくも哀れな出来事が封じ込められた場所として心に残り続けている。

時折、郵便局の窓越しに誰かが泣いているような気配を感じるような気もするが、振り返ってみてもそこにはただ静寂があるだけだった。

(了)

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