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外へ行かない手紙 rw+5,305-0506

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祖母が子供の頃に見た話だ。

昭和のはじめ、祖母の村にはひときわ大きな屋敷があった。白い塀が長く続き、門の前を通ると、子供でも自然に声を落としたという。

その屋敷の端に、小さな小屋が建っていた。

小屋というより、土壁で囲った箱のようなものだった。窓は高いところに一つだけあり、格子がはまっていた。入口には外側からではなく、内側にも鍵のような金具が見えた。誰が何のために閉めているのか、子供には分からなかった。

村の大人たちは、そこを「座敷牢」と呼んでいた。

ただ、祖母はその呼び方が嫌だったという。座敷というほど立派ではなく、牢というほど人目につくものでもない。犬小屋にしては大きく、人の住まいにしては低すぎた。雨の日には壁の下が黒く湿り、夏にはそこだけ空気が腐ったように重くなった。

中に誰がいるのか、子供たちは聞かされなかった。

地主の娘だと言う者もいた。娘ではないと言う者もいた。生まれつき人に見せられない姿だったのだとか、病を持っていたのだとか、気がふれていたのだとか、大人たちは声を小さくして勝手なことを言った。

ただ一つ、誰も疑わなかったことがある。

あの小屋には、女がいる。

それだけだった。

食事は毎日、屋敷の者が運んでいた。朝と夕方に盆を持っていき、少し経つと空になった膳を下げてくる。誰も中を覗かない。覗いてはいけない、と言われていた。

祖母も曾祖父から、あそこへは近づくなときつく言われていた。

「見たらいけん」
「何がいるの」
「見たらいけんもんだ」

それ以上は教えてくれなかった。

それでも子供は見る。

祖母は何度か、道端の草を摘むふりをして小屋のほうを見たことがある。窓の奥はいつも暗かった。ただ一度だけ、格子の向こうに白いものが動いた。手だったのか、顔だったのか、布だったのかは分からない。

そのとき、中から小さな音がした。

泣き声ではなかった。笑い声でもなかった。

戸の内側を、指でゆっくり撫でているような音だったという。

それからしばらくして、村で騒ぎが起きた。

昼前だった。祖母は家の中で針仕事をする母親のそばにいた。外から、女の叫び声が聞こえた。

最初は犬がひかれたのかと思ったそうだ。けれど、続いて男たちの怒鳴り声がした。

「出たぞ」
「戸を閉めろ」
「子供を外に出すな」

母親は祖母の腕をつかみ、奥の部屋に押し込んだ。

「見るな」

そう言われると、かえって見たくなる。

祖母は障子の破れたところから、庭先の道を見た。

女が走っていた。

髪は長く、ところどころ固まっていた。着物は膝のあたりまで裂け、足は裸だった。痩せた体に、皮だけが余っているように見えた。顔は老婆のようにしわくちゃだったが、走り方は子供みたいだったという。

泣いていた。

けれど、その泣き声は助けを求めるものではなかった。誰かに叱られている子供が、言い訳をしながら逃げているような声だった。

祖母の家の前を通り過ぎるとき、女がこちらを見た。

目が合った。

祖母は声も出せずに固まった。女は足を止めなかった。ただ、こちらを見たまま、口を動かした。

その言葉を、祖母は大人になるまで誰にも言わなかった。

「まだ閉めるの」

そう聞こえたという。

女はそのまま村の外へ走っていった。追いかけていた屋敷の男たちも、大人たちも、しばらくして戻ってきた。誰も大きな声を出さなかった。夕方には、いつものように田んぼのほうから蛙の声がして、村は元に戻ったように見えた。

数日後、地主が村の家々を回った。

「身内の者が迷惑をかけた」
「遠くへ預けた」
「もう心配はいらない」

そう言って頭を下げたらしい。

どこへ預けたのか、誰も聞かなかった。聞けなかったのではなく、聞かないことが村の決まりのようになっていた。

それから小屋は空になった。

空になったはずなのに、屋敷の者はしばらく食事を運び続けた。祖母はそれを見た。朝と夕方、盆を持った女中が小屋へ入っていき、少しして空の膳を持って出てくる。

祖母がそれを母親に言うと、ひどく叱られた。

「あれは見たらいけん」

空になった小屋に、なぜ膳を運ぶのか。

祖母はそれを聞けなかった。

やがて戦争があり、地主の家は土地を失った。屋敷は壊され、塀もなくなった。あの小屋も、いつの間にか消えた。

何十年も経って、祖母と一緒に村を歩いたことがある。

古い道は広げられ、田んぼの一部は住宅になっていた。祖母は足を止め、郵便局を指さした。

「あそこだよ」

何のことか分からずにいると、祖母は言った。

「あの小屋があったところ」

そこには、ごく普通の郵便局が建っていた。ガラス戸の向こうで人が順番を待ち、窓口の職員が荷物を受け取っている。自転車に乗った男が来て、封筒を出し、すぐに帰っていった。

祖母はその様子を見ていたが、中には入らなかった。

「使わないの」
「使わない」

それだけだった。

あとで母に聞くと、祖母はその郵便局だけは一度も使わなかったという。近くにあっても、わざわざ隣町まで歩いて手紙を出した。年を取ってからも同じだった。足が悪くなっても、あそこだけは避けた。

理由を聞かれると、祖母はいつも同じことを言った。

「あそこから出したものは、外へ行く気がしない」

祖母が亡くなったあと、遺品を整理していると、古い葉書が何枚も出てきた。

宛名は書かれていない。裏にも何も書かれていない。ただ、すべての葉書の右下に、小さく鉛筆で丸がつけられていた。

母は気味悪がって捨てようとしたが、私は一枚だけ残した。

今も机の引き出しに入っている。

取り出すたびに、紙の端が少し湿っている。古い紙だからだと思っている。そう思うことにしている。

ただ、一つだけ気になることがある。

この話を書こうとしてから、その葉書の丸が、少しずつ濃くなっている。

(了)

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