これは、海専門の民俗学教授から聞いた話だ。
話題は海にまつわる伝承や風習についてで、その中でも特に奇妙で、不気味さを伴う内容だった。
海難法師や、海の向こうから流れ着くものを忌み畏れる習俗――いわゆる、農耕民族的な思想――は、実は漁民の価値観ではないらしい。本来、漁民は漂着物を海神の授け物として崇め、歓迎していたというのだ。たとえ、それが水死体であったとしても。
たとえば、漂流中に見つかった水死体は「ナガレボトケ」と呼ばれていた。漁師たちはこれを船に引き揚げ、陸地に運び手厚く葬ったという。それが単なる慈悲心からの行為ではないことは明らかだった。ナガレボトケを適切に葬れば、その年の漁獲が増える、つまり大漁をもたらしてくれると信じられていたのだ。漁師たちはナガレボトケに出会うことをむしろ幸運とみなし、喜びすら感じていたという。
だが、その信仰には暗い側面もあった。中にはナガレボトケを拾った事実を他の漁民に隠し、密かに弔うことで漁獲を独り占めしようとする者もいたらしい。死者への供養という名目でありながら、実際は私利私欲に基づく行動だったわけだ。漁村でのこうした隠された争いは、表向きの信仰心や共同体の連帯感の裏にある、人間の欲深さを浮き彫りにしているようだった。
さらに奇妙な話がある。ある地域では、漂着した死体を「エビス様」と呼び、漁業の神として崇めたというのだ。エビス様といえば笑顔の神のイメージが一般的だが、ここでは全く違う意味を持っていた。その死体は、腐敗が進み、元の人間の形状をほとんど失っているものが多かったという。骨と皮が剥き出しになり、海水に晒された肌は溶け、顔の判別もできないほど。人の死の醜悪さが極まったその姿は、かえって強大な霊力を持つ御霊として崇められたのだ。
また、ナガレボトケに限らず、漁村には死者にまつわる奇怪な習俗が多々存在している。たとえば、死者が身につけていたもの――衣服や持ち物など――を船に持ち込むと、それが船霊(ふなだま)を喜ばせ、大漁になるという信仰があった。あるいは、船霊のご神体であるサイコロを、首吊りのあった木から切り出すと縁起が良いとされる地域もあった。こうした風習は、死者の魂を敬うどころか、それを利用し、他人の死を漁業の「お恵み」として喜ぶような考え方を垣間見せている。
教授が最後に語った言葉が、ひどく印象的だった。
「漁師たちにとって、死は忌むべきものではなかった。むしろ、海そのものの一部として共存すべきものだったのだ。陸の者が死を避けようとするのとは対照的に、漁師たちは死を受け入れ、それを自らの糧にしていた。海という巨大な存在の前では、人の生死は大した違いがなかったのだろう。」
しかし、話を聞いていた私には、もう一つ別の視点が頭をよぎっていた。漁師たちがこうした風習を受け入れた背景には、死という避けられない恐怖を、信仰や儀式という形で昇華しようとする意図があったのではないか。つまり、それは畏敬と恐怖の裏返しだったのではないか、と。
風習という名の物語の中に潜む、海と人間の冷徹な関係――。
その光景が頭から離れないまま、教授の語る声だけが波のように耳に残った。