盆が近づくと、私は海の匂いを思い出す。
潮の生臭さと、夕方に混じる線香の匂いが、なぜか一緒に記憶に残っている。
祖母は「みえる人」だったらしい。
らしい、という言い方しかできないのは、祖母自身がそれを否定も肯定もしなかったからだ。ただ、盆前になると、海にだけは近づくなと、決まって言った。
「迎えはええ。送りの時期がいけん」
理由はそれ以上語られなかった。
私の生まれ育った家は浜まで徒歩五分ほどで、夏休みになれば兄たちと毎日のように泳ぎに行った。外遊びには寛容な家だったが、盆の数日間だけは例外だった。兄たちは迷信だと言って笑い、祖母はそれ以上叱らなかった。ただ、目だけが笑っていなかった。
「この辺じゃ、仏さまは船で帰ってくる」
祖母はそう言った。
盆の時期、海とあの世は繋がる。迎えの船で帰ってきた仏さまたちは、送りのとき、同じ船で戻る。その数が合わなければ、船は出られない。
「足りん分は、どげぇすると思う?」
祖母は問いかけるように言ったが、答えを待たずに続けた。
仏さまの中には、帰りたくない者もいる。
船頭も早く仕事を終えたい。
誰が乗るかではなく、数だけを合わせる。
だから、海で生きている者が、代わりになることがある。
兄たちは「ずるい」「それはおかしい」と笑っていた。祖母は否定しなかった。
私は、暗い海に浮かぶ小さな船を想像していた。船縁に並ぶ影。その中に、ほんの少しだけ血の気のある顔が混じっている。
その夜、兄が脅かしてきて、私と次兄は庭まで逃げ出した。祖母は笑ってアイスを出し、二本だけ足りなくなった。
祖母は「仏さまが食べたんやろ」と言った。
三日後、八月十六日。
昼前に防災無線が鳴った。海で若者が行方不明になったという放送だった。兄たちは何も言わず、私の横に立って聞いていた。
夕方、見つかったと父が言った。
十五日の夕方、泳ぎに行ったまま帰らなかったらしい。
「昔から、盆に海はあかん言うとるのに」
父はそう言って祖母を見たが、祖母は何も答えず、食器を下げて部屋に入った。
その夜、私は祖母の部屋へ行った。
しばらく沈黙が続いたあと、私が聞いた。
「足、引っ張られたんかな」
祖母は答えなかった。
代わりに、私の方を見て言った。
「しばらく、**さんちには近づかんこと」
理由は言わなかった。
怒っているようにも、不安そうにも見えた。
それからしばらくして、**さんの家に不幸が続いた。病気、事故、飼っていた動物の死。数が多すぎる、と大人たちは言った。お祓いをしたという噂も聞いた。
祖母はその話題に触れなかった。
ただ、盆が近づくと、海を見るなと言った。
いま思えば、祖母は何かを「見て」いたのかもしれない。
あるいは、ただ数を合わせていただけなのかもしれない。
どちらが正しかったのかは、わからない。
私はいま、自分の子どもに同じことを言っている。
盆の時期は、海に近づくなと。
理由は説明しない。
説明すると、数がずれる気がするからだ。
暗い海の向こうで、船が待っている気がして。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「凪 ◆gRc5iHyE」 2018/11/20]