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中編 r+ 意味がわかると怖い話

電子音が止まったとき r+4,490

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あの日のことを、私はまだはっきりと思い出せる。

机の上に置いたICレコーダー。赤く点滅する録音ランプ。
そして病室の中で、まるで世界がそこだけ切り離されたような静けさ。

可美村貴代――私の姪。
十三歳のとき、IZUMO社の旅客機が墜落した唯一の生存者。
けれど、彼女は事故以来ずっと植物状態だとされてきた。
顔色も感情もない、白い人形のような少女。
それが先日、意識を取り戻したと聞かされたとき、私は震えた。

会話はできない。声帯も舌も、まだ動かない。
そこで医師が用意したのは、奥歯に小さな電極を取り付ける方法だった。
歯を噛み合わせると電子音が鳴る。
一回が「ノー」、二回が「イエス」。
ただそれだけの単純な符号。
それでも、沈黙しかなかった彼女と会話できると思えば、胸が熱くなった。

病室には私と貴代だけ。
カーテン越しに午後の日差しが入り、光が白い壁を滑っていく。
機械の音も、人の足音も、何もない。
まるで空気ごと封じ込められたような空間だった。

「こんにちは」
返事はなかった。
「私のこと、覚えてる?」
二回。イエス。
胸の奥が緩む。私を覚えていてくれたのだ。

しばらく、天気や窓の外の話をした。
そのあいだも、電子音は淡々と鳴る。短く、乾いた音。
それが不思議と、病室の空気を削る刃物のように感じられた。

やがて、私は切り出した。
「事故の時のこと、話してくれる?」

最初、返事はなかった。
私が「だめ?」と聞くと、二回。
つまり――話してもいい。

事故当日、空港では何も異常はなかった。
乗客も普通だった。
けれど、飛行中に「何か」が起きた。
それはYESかNOかの二択では足りないほど、彼女を揺さぶる出来事だったらしい。
電子音が四回、間断なく鳴ったとき、私は初めて胸の奥に重い石を落とされたような感覚を覚えた。

揺れはあった。
しかしそれは突然強まるのではなく、一度止まり、再び始まったという。
その後、墜落。
私はできるだけ声を優しくしようとしたが、指先は冷えて震えていた。

「揺れ以外に、何か異常はあった?」
答えはイエス。
何かを見たらしい。窓から。

「それは墜落の原因?」
ノー。
「じゃあ……原因は別にあった?」
イエス。

彼女の答えは、羽が壊れたというものだった。
だが、それは自然に壊れたのではない。
「誰か」が壊した。
さらに、「一人」ではなかった。

私は背中に汗を感じながら尋ねた。
「そいつらは、窓を壊して入ってきたの?」
イエス。

そこからのやりとりは、もう会話ではなかった。
音が、間を置かずに何度も、何度も鳴る。
まるで彼女の頭の中で何かがぶち壊れ、溢れ出しているようだった。

牙。
唾液。
黒い目がびっしりと詰まった小さな頭。
子供ほどの大きさのものが、手や足を幾つも生やして這い回る。
擦れたような声。
小さな穴や隙間から、ずりずりと出てくる。
張り付き、登り、噛みつく。

その描写を、電子音と私の声だけで埋めていく時間。
私は途中から、質問しているのか、それとも祈っているのか分からなくなっていた。

そして――唐突に、電子音は途絶えた。

代わりに病室の中に混ざり込んだのは、ピタピタと吸盤が貼り付くような音。
何かを引きずるような、湿った擦過音。
その音が、ベッドのすぐ傍まで来ているのが分かった。

「貴代……?」

次の瞬間、私は見た。
白いシーツの隙間から、黒い眼球が幾つも覗いていた。
瞬きはしない。
ただ、私の顔を真っ直ぐに見上げていた。

自分の足が後ずさったのを感じたとき、もう病室の出口は閉ざされていた。
金属の擦れる音が背後で響き、空気が重くなる。

耳元で、かすれた声がした。
「おばさん……」

それは貴代の声ではなかった。
私の知らない、冷たく湿った声。

そのあとの記憶は途切れている。
気がつけば、県警の鑑識課でこのICレコーダーが私の前に置かれていた。
桜美赤十字病院女性二名惨殺事件――そうファイルに記されていた。
その二名のうち一人は、私のはずだった。
だが、なぜか私は生きている。

生きている理由が分からないまま、私はいまもこの声を夜毎に聞く。
ベッドの下から、ずりずりと這い上がる音を。

[出典:619 :本当にあった怖い名無し:2009/01/04(日) 21:39:58 ID:CbuCnonh0]

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