今でも編集部の夜を思い出すと、湿った紙と古いインクの匂いが喉の奥に引っかかる。
その話をしたのは、地方紙から移ってきた校閲担当の女性だった。彼女はいつも名札の角を親指で擦っていた。磨くというより、確かめるような動きだった。
零時を少し回った編集部では、蛍光灯が風もないのに低く唸り、誰も呼んでいないはずのエレベーターが一定の間隔で到着音を響かせていた。音が廊下を走るたび、空気が一段だけ沈む。電話は鳴らない。鳴らないという事実が、部屋の底に溜まっていく。
机の端にはキャップの外れた蛍光ペンが転がっていた。揮発した匂いが紙に絡み、椅子の背もたれは誰も触れていないのに、わずかに前へ押し返されている。文字を追っているうちに、活字が目で読むものではなく、指先に触れ返してくる感覚へと変わっていった。校閲は、記号の点検ではなく、身体に当たるものを避ける作業になっていた。
ある原稿の束に、手書きで「神話」とだけ記された表紙があった。本文は整っている。フォントも行送りも規則的だ。ただ、行間から立ち上がる冷え方が、印刷物の冷たさとは違っていた。誰かの息が沈み、乾ききったあとにだけ残る、人工的な冷気。その違いが紙の手触りにまで沁み込んでいた。
冒頭の一文は「情報があれば、その背後に対象がある」だった。句点を追うごとに肩が軋み、視線が重く落ちる。赤ペンを持つと、紙が一歩だけ遠のく。呼吸するように。
中ほどに、こう書かれていた。
無名のソースは、個別に自立した存在を名乗ったほうが受け入れられやすい。
その瞬間、室内の機械音が止んだ。空気の中に、煙ではない何かが現れた。未記入の履歴書を束ねたときに立ち上る、色のない重み。
固有名に指を置くと、黒は黒でなくなった。光を返さず、温度だけを奪って井戸のように沈む。名札の角を擦っても、動くのはプラスチックの光沢だけだった。胸の奥で、別の頁がめくられる気配がした。
赤ペンでその箇所に印をつけようとしたとき、吸い込まれたのはインクではなく紙の白だった。影が一呼吸ぶんだけ短くなった。朝まで戻らなかった。
差出人不明の封筒が添えられていた。消印は滲み、本文には同じ文が繰り返されていた。
名前はエゴであり、不要な次元では持たない。
窓枠に触れた指は、指紋だけを選んで冷たさを残す膜に触れた。
編集長が原稿を読んだ。三行目で黙り、四行目で眉間を押さえ、「出す」とだけ言った。ただし固有名は仮名に置き換えるよう指示が出た。蛍光灯が瞬いた。電圧の問題ではなかった。井戸口に、仮の蓋が置かれただけだった。
置換作業を進めるにつれ、肩の筋肉が静かに噛み合い直していく。名は単なる記号ではなかった。最後の章に「自分は神であるという言説は便利な方便である」とあり、その「便利」という語だけが皮膚にざらつきを残した。
掲載は行われた。固有名は仮名に差し替えられ、余白を大きく取り、紙が呼吸を続ける配置にされた。反応は三つに分かれた。涙、怒り、沈黙。怒りはざらつき、安堵は柔らかく、沈黙は厚みを持っていた。
その後、匿名の封筒が届いた。黒い紙片に、爪で刻まれた細い線。「ここ」とだけ書かれていた。粉は出ない。ただ鼻腔の奥が狭くなる。紙片を原稿の最後に挟むと、紙が静かに温度を移した。
名札の印字は、日に日に薄くなっていった。記事が読まれた分だけ淡くなり、呼吸は濃くなった。濃くなるほど外からは見えなくなる。冬が近づく頃、布は名札を拒むようになり、引き出しにしまうと独りでに裏返った。
最後に、この出来事は若い記者へ渡された。語ったあと、その記者も名札の角を擦る癖を持つようになった。癖はうつる。残るのは、名を薄くする感覚だけだった。
差出人のない手紙ではなく、差出人のない読み手だった。読む者が名を借り、預け、薄くする。その帰結が、名札の褪色だった。
編集部のゴミ箱には名札が増え続ける。拾われ、また落ちる。落ちるたび、名は薄れ、息は濃くなる。紙には書けない息だけが、読む者に残る。
掲示板に回覧が貼られた。
名札の再発行について。
申請方法の欄は空白だった。
この話は、いまも受け継がれている。語るとき、名は記されない。名を記すと、紙の呼吸が止まるからだ。裏へ移った息は、誰のものでもなくなる。
だからこれは、誰からのメッセージでも構わない。編集部の机の角に、裏返った名札がひとつ置かれている。表は擦り切れ、裏面だけが清潔に保たれている。そこには説明を拒む空白があり、読む者の息だけを受け取る。
(了)