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短編 r+ ほんのり怖い話

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その男と飲んだのは、三年前の冬だった。

都内の雑居ビルの二階、カウンターだけの店で、隣に座ったのがきっかけだ。
元・何でも屋だと名乗った。便利屋の上位互換みたいな言い方をしたが、内容を聞くうちに、それが境界の仕事だとわかった。

依頼の大半は引っ越しや掃除だという。だが残りは違う。
中身を聞かされない四十キロの段ボールを夜中に運ぶ。入った瞬間に生臭さで目が痛くなる風呂場を一人で片付ける。
理由は知らされない。知らないまま終わる。

「説明がない仕事ほど、あとに残る」と彼は言った。

ある日、一本の依頼が入った。
「人を呪い殺してほしい」

冗談だと思ったが、社長は真顔だった。
「呪いは犯罪にならない。受けろ」

やって来たのは中年の女だった。
腰までの髪は乾いて絡まり、視線は床に落ちたまま。声は小さいのに、部屋の奥から聞こえるような響き方をしたという。

対象の名前は言わなかった。
理由も語らなかった。
ただ「確実に」と繰り返した。

会社は直接手を下すわけではない。
「信頼できる霊能者を紹介する」という契約書を用意した。

彼は夜ごと検索した。
評判、顔、話し方、部屋の背景、言葉の癖。
画面越しに見ていると、頭の奥が軽くなる男を見つけた。地方在住の年配者だった。

女は紹介され、契約は終わった。

それから三か月後、彼はふと、その霊能者の名前を検索した。
サイトは消えていた。
番号も使われていなかった。

代わりに出てきたのは、訃報だった。

急死。
詳細は伏せられていた。

違和感が残った。
依頼者の女のことも、気になった。

彼は会社の古いファイルを開いた。
契約書の控えを探した。

見つからなかった。

あの日の契約だけが、記録から抜けていた。

社長に聞くと、怪訝な顔をされた。
「そんな依頼は受けていない」

女の名前を言うと、
「最初から対象なんて聞いてないだろ」と返された。

その言い方に、引っかかるものがあった。

対象。

彼は改めて思い出そうとした。
女は確かに「確実に」と言った。
だが、誰をとは一度も口にしていない。

その夜、帰宅してから、鏡を見た。
ひびは入っていない。
だが、顔の輪郭がわずかに遅れて動いた気がした。

翌朝、霊能者の訃報記事も消えていた。

検索履歴だけが残っている。
そこには、あの夜、彼が探したはずの「霊能者」という単語が、一度も打ち込まれていない。

「紹介されたこと」が、必要だったのは誰だったのか。

彼はそれ以来、何も調べない。

ただ、知らない番号から着信があると、必ず出るという。
受けるかどうかは、その後で決めればいいからだ。

受けた覚えのない依頼が、どこから始まったのか。
それを確認しないままに。

氷の溶ける音だけが、あの店で聞いたときと同じ速さで響くという。

(了)

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