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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

濡れていなかった来訪者 r+8,285

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父親の顔を一度も見たことがない。物心ついたときから、家には母と私の二人だけだった。

母は明るく、妙に肝が据わっている人で、いつも自分を守ってくれると思っていた。
これは、私が十七歳の頃、まだ母と二人で暮らしていた時の話だ。

あの晩は眠れず、母とだらだら世間話をしていた。時刻は深夜三時を回っていたと思う。
突然、玄関のチャイムがピーーと鳴り響いた。夜中の住宅街は静まり返っている。ひときわ甲高いその音が、やけに異様に感じられた。

母と目を見合わせた。
「こんな時間に誰かしらね」
母は笑いながら言ったが、私は心臓が早鐘を打つのを感じた。
恐る恐るインターフォンをとると、女の声がした。
「……あの……突然すみません……今晩……泊めて頂けませんか……」
声の調子からすると四十代くらい。やけにおどおどしていた。

泊めてくれ?意味が分からなかった。
「え……母の知り合いの方ですか?」
「いえ……全然違うんです……あの……私、近所のマンションに住んでまして……会社をクビになって……住むところがなくて……だから泊めて頂きたいと……」

私は頭が混乱して、まともに返事できなかった。
母が「私が変わるわ」とインターフォンを代わった。
その隙に、私は玄関横の小さな窓から外を覗き込んだ。

街灯に照らされた女の姿を見て、思わず後ずさりした。
金髪の長髪に白い帽子。緑のブラウスに赤地に白い水玉のスカート。右手には紙袋。まるで色彩が喧嘩しているみたいに、ちぐはぐな服装。しかも、どう見ても五十代以上の顔つきだ。
直感で「変な人だ」と思った。背筋がぞっとした。

母に声を張り上げた。
「ママ!絶対変だよ!怖いから断って!相手にしないで!」
けれど母は笑い飛ばした。
「傘も持たずに雨の中歩いてきたんだって。怖いなら傘だけでも貸して帰ってもらおうか」

確かにその夜は大雨だった。窓に叩きつける雨音が、ずっと聞こえていた。
だが、あの女の姿を見たあとでは、母の余裕ある態度が信じられなかった。私は泣きたくなった。母を恨めしくさえ思った。

リビングに逃げて震えていると、玄関で母がやりとりをしている声が聞こえた。
しばらくして、母の怒鳴り声が響いた。
「家には入れられません!帰ってください!」

私は耳を疑った。母が怒鳴るなんて初めてだった。
すると次の瞬間、ガチャガチャガチャガチャと扉が揺れた。チェーンのかかった玄関を、女が無理やり開けようとしていたのだ。
母が必死に押さえている音と振動が伝わってきた。
だが奇妙なことに、その攻防の間、女の声は一切聞こえなかった。

「バタン!」
ようやく玄関が閉まり、母が荒い息をつきながら戻ってきた。
「やっぱり頭おかしい人だったね……怖かったでしょう、ごめんね」
私は泣きながら母にしがみついた。

だが安堵したのも束の間、再び玄関のチャイムが執拗に鳴り響いた。
ピーーピーーピーー! 途切れることなく続き、さらにドンドンドンとドアを叩く音。
私は完全に限界で泣き叫んだ。
「警察に電話しようよ!」
母は冷静に言った。
「しばらく続くようなら呼ぶわ。あなたはもう寝なさい。大丈夫だから」

大丈夫なわけがなかった。私は布団に潜り込みながら、耳を澄ました。
チャイムとドアを叩く音は三十分ほど続き、やがて嘘のように消えた。

――あの夜から、夜中の来客は恐怖でしかなくなった。

それから五年が経った。
私は結婚し、一人暮らしを始める前夜、母と晩ご飯を食べながらふとあの出来事を思い出した。
「そういえば、あんなことあったよね。私、めちゃくちゃ泣いたんだよ」
母はくすっと笑った。
「そんなに怖がって……一人暮らし、大丈夫かしらね」
「なにそれ。だって怖かったんだもん」

母は箸を止め、少し間をおいて言った。
「実はね、あのときあなたが怖がってたから言わなかったけど……」

胸がざわついた。母の声が低くなった。
「あの人、雨の中歩いてきたって言ったのに……全然濡れてなかったの。服も髪も。しかもね、左手にバットを持っていたのよ」

「バット……?」
私は声を失った。
「それに……あれ、女じゃなかった。男の人だったよ」

全身の血が逆流するような感覚に襲われた。思わず腰を抜かした。
「なんで警察呼ばなかったの!?」
母は肩をすくめて笑った。
「逆恨みされそうだったからよ。もう家は知られてるんだもの」

私は言葉を失った。あの夜、母は女と対峙していたのではなく、雨に濡れていない男と戦っていた。しかも武器を持った相手と。

次の日から新生活が始まったが、私は怖くて実家に帰りがちだった。
夜中のチャイムの音は、いまだ耳に焼きついている。
みなさんも、深夜の来客にはどうかお気をつけください。

[出典:133 本当にあった怖い名無し 04/08/13 13:34 ID:bXM6S1P+]

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