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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

濡れない来客 rw+8,742-0123

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父親の顔を一度も見たことがない。

物心ついた頃から、家には母と私しかいなかった。

母は明るい人だった。近所づきあいもそつなくこなし、多少のトラブルでは動じない。子どもの頃の私は、母がいれば大抵のことは大丈夫だと思っていた。守られているというより、覆われているような感覚だった。

あの出来事があったのは、私が十七の頃だ。まだ実家で、母と二人で暮らしていた。

その夜、なぜか眠れず、居間で母と他愛のない話をしていた。時計を見ると、深夜三時を少し過ぎていたと思う。外は雨だった。強いというほどではないが、途切れなく降り続き、家の中に湿った音が染み込んでくるような雨だった。

突然、玄関のチャイムが鳴った。
ピーー、という間延びした電子音が、静まり返った住宅街に不釣り合いに響いた。

母と同時に顔を上げ、目を合わせた。
「こんな時間に誰かしらね」
母は笑ったが、その声はどこか平坦だった。

私は胸がざわついた。理由はない。ただ、鳴り方が変だった。押し直した様子がなく、一定の強さで鳴り続けた。

母に促されるようにインターフォンを取ると、女の声がした。
「……すみません……突然……泊めていただけませんか……」

年齢は分からない。妙に区切りの多い喋り方だった。
事情を問うと、近所に住んでいること、仕事を失ったこと、今夜行く当てがないことを、途切れ途切れに話した。

内容よりも、声の位置が気になった。インターフォン越しなのに、近すぎる気がした。

母が「代わるわ」と言い、受話器を取った。
私は落ち着かず、玄関横の小さな窓から外を覗いた。

街灯の下に、傘を持たない人影が立っていた。

金色の長い髪に白い帽子。緑のブラウスと赤地に白い水玉のスカート。全体の色がちぐはぐで、視線が定まらない。年齢も性別も、遠目では判断がつかなかった。ただ、顔の輪郭だけが妙に固く、作り物のように見えた。

雨は確かに降っていた。街灯の光の中で、雨粒が線になって落ちていた。
なのに、その人影の周囲だけ、雨の気配が薄かった。

背中が冷えた。
「ママ、変だよ。相手にしないで」
声が裏返ったのが自分でも分かった。

母は受話器越しに何か言いながら、私に小さく手を振った。大丈夫、という合図だった。

私は居間に戻った。心臓の音が耳の中で響いていた。

玄関の方から、母の声が聞こえた。最初は低く、次第に強くなる。
「それはできません」
「帰ってください」

次の瞬間、ガチャガチャと金属音がした。
チェーンのかかった扉が、外から引かれている音だった。

私は息を止めた。

扉が揺れる。壁を通して、振動が床に伝わってくる。母が内側から押さえているのが分かった。
それなのに、不思議なことに、外から声は一切聞こえなかった。息遣いも、怒鳴り声もない。ただ、無言の力だけが加えられていた。

やがて、バタンと大きな音がして、揺れが止んだ。

母が居間に戻ってきた。顔色は悪かったが、無理に笑っていた。
「大丈夫。もう行ったわ」

私は母に縋りついた。
その直後、再びチャイムが鳴った。

今度は短く、何度も押される音だった。
ピー、ピー、ピー。
それに重なるように、ドンドンと扉を叩く音。

母は「静かに」と言い、私を寝室に押し込んだ。
「もう寝なさい。大丈夫だから」

布団の中で、私は耳を塞いだ。
それでも音は聞こえた。どれくらい続いたのか分からない。途中から、チャイムなのか、自分の耳鳴りなのか、区別がつかなくなった。

気づくと、朝になっていた。

それ以来、夜中のチャイムが苦手になった。

五年後、私は結婚を控え、家を出る前夜、母と最後の食事をしていた。
何気なく、あの夜の話を持ち出した。

母は少し黙り、それから言った。
「あのときね、あなたが怖がってたから言わなかったけど」

私は箸を止めた。

「雨の中を歩いてきたって言ってたのに、濡れてなかった。服も、髪も」
母は淡々と続けた。
「それと、手に何か持ってた。長い棒みたいな」

私は喉が鳴るのを感じた。
「女じゃなかったのよ」
母はそう言って、視線を落とした。
「声と、見た目が、噛み合ってなかった」

警察を呼ばなかった理由は、母は語らなかった。

新生活が始まってからも、私は実家に帰ることが多かった。
安心したかったのだと思う。

ある晩、久しぶりに泊まったとき、夜中に目が覚めた。
家は静かだった。雨も降っていない。

それでも、玄関の方から、微かに電子音が聞こえた気がした。
ピーー。

夢だと思いたかった。
だが、母の部屋の前を通ると、灯りがついていた。

母は起きていた。こちらを見て、何も言わずに首を横に振った。

その仕草が、あの夜と同じだったことに、私は気づいてしまった。

今でも、夜中にチャイムが鳴ると、体が固まる。
誰かが来たのか、呼ばれているのか、分からないまま。

[出典:133 本当にあった怖い名無し 04/08/13 13:34 ID:bXM6S1P+]

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