彼が中学生だった頃の話だ。
通学には自転車を使っていた。田舎道で、車通りは少ない。朝と夕方はほとんど同じ景色が続く。
その日は晩秋で、朝から曇っていた。
いつもの道に差しかかったとき、違和感があった。
道の両脇だけでなく、路面にも落ち葉が積もっている。昨夜、風が強かったのだろう。
色は茶色や黄土色が混ざり、湿った光沢を帯びていた。
朝露で濡れているのが見て分かる。
タイヤが触れると、じわりと滑る感触が伝わってきた。
最初は慎重に走っていた。
だが、カーブでわざと少しハンドルを切ると、ズルッと後輪が流れた。その感覚が妙に面白かった。
ブレーキをかける。
滑る。
立て直す。
それを何度か繰り返すうちに、遊びになっていた。
転びそうになるたびに、心臓が跳ねる。そのスリルが楽しかった。
何度目かで、失敗した。
バランスを崩し、そのまま派手に転倒した。
地面に叩きつけられ、息が詰まる。
「イテテ……」
自転車を起こそうとして、ふと音に気づいた。
「クスクス」
乾いた笑い声だった。
子供の声とも、大人の声ともつかない。
「なさけないなあ……」
今度ははっきりと聞こえた。
耳元ではない。
地面のすぐ下から響いてくる。
周囲を見回したが、人影はない。
畑も林も静まり返っている。
耳を澄ますと、音は一方向からではなく、足元全体から聞こえてくるようだった。
落ち葉が重なり合うあたりだ。
彼はしゃがみ込んだ。
耳を近づけると、葉擦れの音に混じって、ひそひそとした声が続いている。
笑っている。
こちらを見下すように。
気味が悪くなり、彼は自転車を掴んで立ち上がった。
もう一度聞こうとした瞬間、声は止んだ。
その静けさが、逆に怖かった。
彼は何も考えずに自転車にまたがり、全速力でその場を離れた。
背中で、何かがざわざわと動く気配がしたが、振り返らなかった。
放課後、夕方になってから、同じ道を通ることになった。
正直、通りたくはなかったが、迂回する道もない。
恐る恐る近づくと、朝の景色と違っていた。
落ち葉が、ない。
あれだけ積もっていたはずの葉が、一枚も残っていない。
道路は乾いており、濡れた跡すら見当たらなかった。
風で飛ばされたにしては不自然だった。
道の脇も、林の入り口も、すべてきれいに掃き清められたようだった。
彼は立ち止まり、しばらく地面を見つめた。
さっき聞いた声が、頭の中で反響する。
「なさけないなあ……」
その言葉だけが、ここに残っている気がした。
彼は再び自転車に乗り、今度は朝よりも速く走り抜けた。
葉の一枚もない道が、異様に広く、冷たく感じられたからだ。
後から思い返すと、笑い声よりも、何もなかった帰り道のほうが強く記憶に残っている。
あそこには、確かに何かがいた。
そして、いなくなったのではない。
最初から、そこに「ある」ものだったのだと、彼は今でも思っている。
[出典:921 :元登山者:2009/11/29(日) 17:08:21 ID:oHtSCg0c0]