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濁流の向こう側 rw+4,330-0215

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盆の入りに合わせて地元に戻った夜、幼なじみのSから珍しく連絡があった。

外に出るのを嫌う男が自分から誘ってくるのは、何かあったときだけだ。駅前の居酒屋で顔を合わせると、Sは最初の一杯をほとんど一気に空け、それからしばらく黙っていた。

Sは代々医者の家に生まれ、今は地元の総合病院で外科医をしている。父親は去年亡くなり、母親は六十を過ぎても看護師として働いている。堅い家だ。自由恋愛で相手を選ぶことは、あの家ではあまり歓迎されない。そんなSが見合いをしたと聞いて、まず違和感があった。

相手を紹介したのは、祖父の代から付き合いのあるAという男だった。地元では顔の利く人物で、医療法人とも関わりが深い。勧められた相手はTという女性で、三十一歳。写真では整った顔立ちで、趣味は旅行とテニスとあった。Sは最初から乗り気ではなかったが、Aの押しに負けて一度だけ会うことになった。

見合いは、町で一番大きなホテルのレストランだった。Sと母親、Tと両親、それにA夫妻。形式ばった席だったが、食事が始まってすぐ、Sは妙な感覚に包まれたという。

写真よりも綺麗だった。ただ、視線が合うたび、わずかに遅れて笑う。その遅れが、会話の流れと噛み合わない。医療の話題を振ると、Tはにこやかに頷きながら具体的なことをほとんど言わない。言葉は整っているのに、中身が薄い。Sは外科医として日々、人の腹を開き、臓器の色と匂いを知っている。その感覚からすれば、目の前の女はどこか「実体がない」ように思えた。

帰りの車中で、母親がぽつりと言った。

「やめなさい。あれは、うちに入れちゃいけない」

理由は言わなかった。Sも聞かなかった。言葉にできるものではなかったからだ。

その夜、Sは夢を見た。

子どもの頃、俺たちが遊んでいた裏山の小川に立っている。夏の終わりの、ぬるい水だった。向こう岸に父親が立っている。生前と同じ姿で、何も言わずにこちらを見ている。

川上から赤いものが流れてきた。

最初は夕焼けが映ったのかと思った。だが匂いがあった。鉄のような匂い。水は次第に濁り、その中に何かが混じっているのが見えた。白く柔らかい塊、長い紐のようなもの、指の形をしたもの。どれも形を保ったまま、ゆっくりと流れてくる。

足を動かそうとしたが、動かない。水底に足首が沈み込み、冷たい泥が絡みつく。赤い水がふくらはぎに触れた瞬間、父親が川を渡ってきた。濁流の中を、足元を確かめる様子もなく歩いてくる。そしてSの腕を掴んだ。

引き寄せられたのか、引き止められたのかは分からない。ただ、父の手は冷たくも温かくもなかった。

そこで目が覚めた。

翌朝、母親も同じような夢を見たと打ち明けた。

高原の桟橋に立っていたという。水芭蕉の咲く湿地で、亡くなった夫と並んで景色を見ていた。気づくと夫は少し後ろに下がっている。水面が赤く染まり、水芭蕉が黒く崩れ、代わりに水の中から白いものが芽のように伸びてくる。手の形、足の形。それらがゆっくりと揺れ、桟橋の下で絡まり合う。

振り向いた瞬間、背後に夫が立っていた。

抱え上げられた感覚だけが残って、目が覚めたという。

二人はその日のうちに縁談を断った。理由は曖昧にした。相手の家も深くは追及してこなかった。

それで終わるはずだった。

だがSは、話しながらグラスを握る手をわずかに震わせた。

「夢は、あれきりだ」

そこで一度、言葉を切る。

「俺は見てない。でも母さんは、この前また同じ場所に立ってたって言った。川じゃなくて、あの桟橋に」

水は赤くはなかった。ただ、濁っていたという。底が見えないほどに。

そして桟橋の向こうに、誰かが立っていた。背丈も輪郭も曖昧で、顔だけがはっきりしている。Tだったらしい。笑っていたという。口元だけが動いていたが、声は聞こえなかった。

「助けてるのか、引き込んでるのか、わからない」

Sはそう言った。

あの夢の中で、父は川を渡ってきた。だが、あの濁流の中をどうやって歩けたのか、Sは考えたことがなかった。母親も同じだ。なぜ、あの水面の上を迷いなく進めたのか。

本当に守ろうとしたのなら、なぜ川の中に立たせたのか。

Sの家では、盆になると裏山の小川に灯籠を流す。亡くなった父も、毎年そこに立って見送っていた。今年はSが一人で行ったという。

水はいつもより濁っていた。

足を入れると、底がぬかるんでいた。小石の感触はなく、柔らかい何かが沈んでいるようだった。流れていく灯籠の明かりが、水面に揺れていた。その揺れの下で、白いものが動いた気がしたとSは言う。

「俺、あそこに何かあると思う」

川底か、もっと奥かは分からない。ただ、昔からあの場所で遊んでいた俺にも、同じ記憶がある。水の中に、沈んだままの何かがあるという感覚。

あの夜の話を聞いてから、夢に出るのは川ではない。暗い水面だ。岸も対岸も見えない。ただ、濁った水が広がっている。その向こうに、誰かが立っている気がする。

振り向けば、背後にも気配がある。

どちらに進めばいいのか、まだ決めていない。

[出典:621 :本当にあった怖い名無し:2018/08/13(月) 08:42:08.64 ID:I216qSE60.net]

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