盆の入りにあわせて地元に戻ったとき、久しぶりに幼なじみのSと飯を食うことになった。
昔から引きこもり体質で、めったに人と会わないSが自分から誘ってくるなんて滅多にない。どうせまた新作のゲームの話か何かだろうと思っていたら、ひとしきりビールを飲んだ後、ぽつりと妙なことを話し始めた。
Sは代々医者の家に生まれ、今は地元の総合病院で外科医をしている。見た目は悪くないが、昔からとにかく出不精。誘えば食事くらいは来るが、遊びや旅行となると絶対に首を縦に振らない。彼女ができても続かないのはいつものことだが、そんなSが見合いをしたというから、まず驚いた。
相手を紹介したのは、祖父の友人であり、Sとも長い付き合いのあるAさんという人。地元では有力な医療法人の娘、Tという女性で、三十一歳。写真を見る限りではそこそこ美人だったが、趣味は旅行とテニス。話を聞いた瞬間に「絶対に合わない」と思ったらしい。だが、Aさんがしつこく勧めてきて、結局一度だけ顔を合わせることになった。
見合いは地元で一番大きなホテルのレストランで行われた。Sとその母親、Tとその両親、それにAさん夫妻も同席していた。Sの父親は去年他界していて、母親は六十を過ぎても現役の看護師をしている。実はSもその母も、見合いの席でTに対して一種の違和感を覚えたそうだ。
写真よりも綺麗ではあったが、何かが変だった。言葉にするのは難しいが、空気がねばついているような、話していてもどこか体温が奪われるような、そんな感覚だったとSは言う。医者同士の話題を振っても、Tの答えはどこか曖昧で、看護師というには具体性に欠けていた。話が終わって帰宅する車中で、S母が「絶対にあれはおかしい。話は断ろう」と強く言ったのも無理はない。
けれど、ことはそれだけでは終わらなかった。
その晩、Sは奇妙な夢を見たという。場所は子どもの頃、俺たちがよく遊んでいた裏山の小川だった。足首まで水に浸かって立っていると、向こう岸に亡くなった父親が立っていて、じっとこちらを睨んでいる。声をかけようとしたとき、川上からゆっくりと赤い水が流れてくるのが見えた。
血だと思った。濃い、どす黒い赤。その中に、得体の知れない肉片が混ざっていた。見ていると、それは人間の臓物だった。腸、肺、手足、眼球……そして胎児。ぷかぷかと浮かび、Sの足元へと近づいてくる。足を引き抜こうとしても動かない。ぬかるみにでも嵌ったかのように身動きがとれず、あの生臭い水がふくらはぎに触れた瞬間、父親が川を渡ってきて、無言で腕をつかんだ。そこで目が覚めた。
翌朝、母親に夢の話をすると、顔色が変わった。母も同じような夢を見ていたという。
彼女の夢の中では、高原の桟橋に立っていた。そこは、Sの父とよく水芭蕉を見に行った思い出の場所だった。最初は隣にいたはずのS父が、いつの間にか少し離れた後方に立っていたという。声をかけようとしたとき、水辺に違和感を覚えた。水面が赤く染まり、そこから咲いていたはずの水芭蕉が腐って崩れ落ち、代わりに切断された人間の手足が芽のように生えてきた。それらはゆっくりと動いていて、彼女が息を呑んだ瞬間、父親が背後から現れて抱え上げられた。その瞬間に、目が覚めた。
ふたりは、直感的に理解したという。父が警告してくれている、と。
その日のうちにAさんを通じてTとの縁談は断った。さすがに夢だけでそこまで大げさにすることに躊躇いはあったが、あの一致と気配は無視できるものではなかった。人間、ある一線を越えた気配には説明の要らない確信がある。
後日、S母の看護師仲間を通じて、Tについて調べてもらった。予感は正しかった。Tには看護師としての勤務実態がほとんどなく、医療現場にいた記録もほぼ無かった。代わりに出てきたのは、学生時代からの男遊びの噂や、複数回の中絶歴。さらには、兄弟の医師たちからも煙たがられていたという話まで出てきた。
不思議なのは、なぜそんなTをAさんがわざわざSに勧めてきたのか、ということだ。あの人は曲がったことをしない真面目な人だった。むしろ、妙な女を紹介するような人じゃなかった。だからこそ、余計に引っかかっている。今となっては、Tの後ろに何がいたのか、誰が糸を引いていたのか、考えるだけ無駄な気もするけど。
……ただ、あれから、夢は見なくなった。
S母もそう言っていた。
おそらく、あの川と高原の先に引っ張られていたら、もう戻っては来られなかったのだろう。
俺はその話を聞いてから、夜寝るとき、ふと思い出してしまうことがある。
子どもの頃に川遊びをしていたとき、水底に何か沈んでいる気配を感じた、あの感覚。
それが、ずっと昔から、誰かを待っていたんじゃないかってことを。
[出典:621 :本当にあった怖い名無し:2018/08/13(月) 08:42:08.64 ID:I216qSE60.net]