藤原君はおかしい
.
クラスメイトの藤原君はどうもおかしい。
と気付いたのは、半年前くらいに、たまたま席替えで隣りの席になったときのことだった。
どのクラスにもひとりはいる、地味で無口でネクラっぽいのに何故か意外と友達が多い奴、ってのが藤原君なのだが、俺はあまり話したことはなかったし、隣り同士になっても微妙に気まずかった。
だが藤原君は特に気まずそうな様子も見せず、ひたすら机に消しゴムをかけていた。
内心『何してんだろ』と思ったが、消しゴムが千切れるまで机を消している藤原君の真剣さに圧倒され、何も聞けなかった。
しばらくして授業が始まったが、俺は藤原君の行動が気になってチラチラ見ていた。
藤原君は山盛りになった消しゴムのカスを、机の四隅に均等に盛り始めた。ますます意味がわからない。
俺はついに小声で藤原くんに尋ねた。
「藤原君、何してんの」
藤原くんの長い前髪から、にんまり弧を描いた目が見えた。
「即席の結界。キミは多分、うっすらとなら見えるんじゃない?」
と言うと、藤原君は目線を廊下に向けた。
俺も廊下に目線をやる。
そこで俺は、見てしまった。廊下に立つ男子生徒を。
教室のドアのガラス窓を通してだから肩までしか見えなかったが、首は極端にうなだれていて気持ち悪かった。
「あれって、まさか…隣りのクラスの奴とか、だよね」
「授業中なのに廊下にあんなふうに立ってる生徒がいると思うかい」
「…先生に立たされてるとか」
「キミは死んだほうがいいね」
藤原君はそう言うと、ため息をついて突然立ち上がった。
「先生、便所」
先生の苦笑を背に受けながら、藤原君はドアを開けて廊下に出ていった。
そして、相変わらず立ち尽くしている男子生徒を、通り抜けた。
男子生徒の身体は確かに見えるのに、その身体を藤原君が通り抜けたのだ。
俺は喉が引きつって声も出なかった。
男子生徒をすり抜けたとき、藤原君はこちらを振り向き、『ホラね』とでも言うようにニヤリと笑った。
その表情の気味悪さを、俺は一生忘れない。
藤原君が通り抜けたあとも男子生徒は立ち尽くしていた。うなだれたまま、ずっと立っていた。
あまり見ていると、そいつが顔をあげそうで怖かった。
俺は藤原君が戻ってくるのを待ちながら、ひたすら机に消しゴムをかけた。
無論、俺も藤原君を真似て消しゴムのカスを机の四隅に盛る為だ。
だが、消しゴムを掛けているうちに藤原君は戻ってきて、平然と教科書の肖像画に鼻毛を書き始め、いつの間にか廊下の男子生徒も消えていた。
あの男子生徒の恐らく幽霊がどうなったかはわからないが、取りあえずそれ以来、何故か藤原君と俺は仲良くなってしまった。
夜の学校
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藤原君はかなりおかしい。
そう気付いてから数週間が経った頃、俺の学校には学園祭が近付いていて、女子に命令されて衣装係になった俺と藤原君は、学園祭の準備の為に居残りをし、せっせと針仕事を頑張っていた。
藤原君はブツブツ文句を言っていたが、やはり女子の命令には逆らえないらしく衣装を縫っている。
そのうちにあたりは真っ暗になり、時計は夜9時を指していた。
「そろそろ帰ろうか」
衣装も大分出来上がり、時間も時間なので俺は藤原君に声を掛けた。
だが藤原君はニタリと笑うと、
「キミはほんとに馬鹿だな」
と暴言を吐いた。
ムッとして
「なにがだよ」
と言い返すと、藤原君は気味悪くニタニタ笑って、
「折角夜の学校なんて御誂え向きな場所にいるのに、さっさと帰るなんてバカバカしい。ホラ、行くよ」
と、恐ろしいことを言い切り、俺の手を引っ張った。
そこで嫌だと言えないのが俺の駄目なところで、引かれるまま俺は夜の学校の散策に出掛けた。
藤原君の進む先を見て俺は嫌な予感がした。
俺の学校には旧校舎があり、図書室と視聴覚室のみが時たま使用され、それ意外は普段はあまり使われていない。
故に夜なんかはかなり気味悪い。しかも隣りには藤原君。どうしようもなく怖い。が、やはり藤原君は旧校舎に向かった。
「やっぱり帰らない?」
と一か八か声を掛けるがアッサリ無視され、藤原君は旧校舎に入って行き、俺もそれに続いた。
暗くてすごく不気味だった。
床はギシギシ言うし、ガラスはヒビ割れてるし、作者なんかとっくに卒業してるであろう飾りっぱなしの書道作品も気味悪い。
俺ははずかしながら半泣きだった。が、藤原君はズンズン進む。
そしてある教室の前で立ち止まった。
「ココ、面白いね」
藤原君の長い前髪から覗く目が弧を描いた。
ヤバイと思ったがもう遅い。藤原君はガラリとドアを開け、床を軋ませながら中に入る。俺も恐る恐る後に続く。
中は普通の教室で、ずらりと机が並んでいた。
やはり書道作品や絵が飾られている。しかし特に嫌な気配はしない。むしろ俺はいつの間にか降り出していた雨が気になっていた。古い校舎に雨粒が当る音がする。
「傘持ってくればよかったなあ」
と呟いたとき、藤原君がケタケタと笑った。
「ココはほんとに面白いよ!!!ちまちま針仕事した甲斐があった!!」
俺にはサッパリわからなかったが、藤原君には相当楽しい場所らしい。俺は藤原君のほうが気味悪くなって廊下に出た。
すると、洗面台と鏡があった。何気なく鏡を覗くと、後ろの誰かと目が合ってドキッとした。
が、それは背後の窓ガラスに反射した俺だった。
ホッとして振り返り、そろそろ本気で帰ろうと藤原君のいる教室に入った途端、俺は気付いた。
ガラスに反射した自分と、どうやって目が合うんだろう。
「藤原君!!!!!帰ろう!!!!!」
俺は全身に冷や汗をかきながら、まだケタケタ笑っている藤原君を引っ張って走った。
怖くて怖くて仕方なかった。藤原君は相変わらず笑っていた。
旧校舎を出ると、雨は上がっていた。
藤原君はまたブツブツと文句を言っている。
「キミのせいで半分も楽しめなかった。面倒な針仕事を頑張ったのに意味がないじゃないか」
「まあまあ。雨も上がったし、タイミング良かったじゃん」
俺は藤原君を宥めにかかる。が、
「キミはバカだろう?何を言ってるんだ。雨なんか降ってないじゃないか」
と、キョトンとして言った。
「何言ってるんだよ、あんなに激しく雨音が…」
怖くなってやめた。
現に、あれだけ雨音が響いていたにもかかわらず道には水溜まりひとつない。ならあの音は何なのか?もう考えたくもなかった。
「ズルいよ。キミばっかり良い思いをしやがって」
藤原君は更にブツブツと文句を言っていたが、俺はもう相手にする気力もなかった。
次の日、あまりの衣装の出来上がりの悪さに俺たちは衣装係を外され、もう夜まで居残りすることはなくなった。
名鉄病院の前にある小さなトンネル
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藤原君はどう考えてもおかしい。
そう気付いてから数ヶ月が過ぎたあるとき、俺は藤原君と藤原君の彼女のヒロミちゃんといっしょに、何故か心霊スポットに行くことになった。
その心霊スポットは名古屋のある小さな町の、名鉄病院の前にある小さなトンネルで、カナリやばいという噂がある。なんでもその病院に入院してた女の子が同室の患者に悪戯されて、ショックのあまりそのトンネルで自殺したんだそうな。
そんでその子が死んだ場所には何故か赤いススキが生えているという。
目茶苦茶ありがちな怪談で、嘘か本当かなんてわからないし、むしろ俺はタチの悪いただの噂だと思っていたが、赤いススキだの自殺した女の子だのは別として、そのトンネルでは実際に頻繁に事故が起きていた。
こないだは確か中学生がはねられて死んでいる。
それは紛れもない事実なので、やはり多少怖かったし、チキンな俺としてはできれば行きたくなかった。
しかしその噂を聞き付けた藤原君によって、俺はその噂のトンネルに行かなければならなくなった。
断ればよいものを…と思われるだろうが、ヘタレな俺には断り切ることなどできなかったし、しかも今回は、藤原君だけじゃなく藤原君の彼女のヒロミちゃんもいる。
ここで断れば、俺は明日学校いちの臆病者にされてしまうので、結局そのトンネルに行くハメになった。
かなり長い前置きになったが、その日の夜、取りあえず俺と藤原君とヒロミちゃんはトンネルに向かった。
トンネルはひどく暗く、照明の類いは何もなかった。
苔なのか何なのか知らないがヌルヌルするものがあちこちにあり、かなり気色悪い。
「めっちゃ不気味やなあ…なんか御誂え向き、ってカンジ?」
ヒロミちゃんの声がトンネル内に響く。
二か月前に関西から転校してきたヒロミちゃんが、藤原君とどうして付き合うまでに至ったかはよくわからないが、さすが藤原君の彼女と言うべきか度胸は座ってるみたいで、先陣きってサクサク進んで行く。
俺はというと、藤原君にしがみつきながらノロノロ歩いているだけだった。
「ここ、すごいね」
真中まで来た頃、藤原君が嫌なことを呟いた。
「『なにが』、とか聞かないほうがいい?」
「噂では女の子だったけど、ほかにもたくさんいるみたいだね」
藤原君は俺を無視して続ける。
「年寄りにガキにおっさんに…やたら古いのもいるな。あとは…」
藤原君の言葉に俺はガクブルしていた。そんなにいるなんて、やっぱり来なけりゃ良かったとひどく後悔した。
しかしそのとき、
「なあー、これちゃうんー?赤いススキー」
トンネルにヒロミちゃんの声が響く。懐中電灯だろうか、グルグルと光がこちらに向けられる。
「でかしたヒロ、見せてみろ!!!」
藤原君が嬉嬉として走って行く。
俺も追いかける、が、
「あいだっ!!」
なにかにつまづいてすっころんだ。
あっという間に藤原君達は闇に消え、俺は取り残された。
不安になって半泣きになり、
「藤原君ー!!ヒロミちゃーん!!」
と何度も叫んだ。
すると、
「こっちだよ」
女の子の声が後ろからした。
だが、まさかその声の主がヒロミちゃんだなんて俺は全く思わなかった。
先に進んで行ったヒロミちゃんが、このわずかな隙に俺の後ろに回れるわけもない。つまり、後ろにいるのは……
「うあぁあああ!!」
俺は絶叫して走った。振り返る勇気もない。ただ走るしかなかった。
「こっちだよ、ねえ、こっちだよ」
相変わらず声は聞こえてくる。しかも段々迫ってくるように感じた。
「こっちだってばあ!!!」
ひどく掠れた声が耳元に鳴り響いた。
「藤原君藤原君藤原君藤原君!!!!」
俺は藤原君の名前を叫びながら走った。
そんなに長いトンネルでもないのにひどく遠く感じた。
前のほうに藤原君とヒロミちゃんらしき影が見えて、更に走った。
「どこ行ったか思たら、何してんの」
ヒロミちゃんがキョトンとした顔で俺を見ていた。手には赤茶色のススキが握られている。
「ひひひひろみちゃんふ藤原君帰ろうよ」
俺は息切れしながら言った。
しかしヒロミちゃんはゲラゲラ笑い出し、
「なんでよーまだ来たばっかりやん。やっとススキも見つけたんやで、ほら」
と言った。
しかし、
「…ヒロミ。佐倉。走れ」
藤原君がボソリと呟いた。
差し込まれた月明りに照らされた横顔は、ひどく青ざめていた。
「ふ、藤原くん?」
「いいから走れ!!!!」
藤原君は怒鳴るなり俺とヒロミちゃんの手を引いて走り出した。
藤原君の長い前髪から覗く瞳はひどくつり上がっていて、ものすごく焦っているのがわかった。
あの藤原君が青ざめている。それは俺にとって背後の何か以上の恐怖だった。
藤原君が怯えるほどの何かが、ここにはいる。それがすごく怖かった。
「もう…何なんよ、いきなり…」
ひたすら走ってトンネルを抜け、気がつくと病院の裏手に出ていた。
ヒロミちゃんは未だに意味がわからないらしくキョトンとしている。
「久し振りに凄まじいのを見たよ」
息を切らしながら藤原君が言う。
「自殺した女の子なんて可愛らしいもんじゃないね。相当恨みが深いのか、ただ無邪気なだけなのか」
「無邪気…?」
「子どもだよ。5,6歳の子ども。最も顔半分は裂けてるし、可愛げなんか欠片もないけどね。キミが随分お気に入りだったみたいだよ」
藤原君がニタリと笑った。
俺はひどくゾッとした。あの声が耳に蘇る。『こっちだよ』
あの声に反応していたら、今頃俺はいなかったかもしれない。そう思うと尚更恐怖を感じた。
「キミだけが連れてかれるならまだしも、あのままなら僕やヒロミも危なかったからね。ああ怖かった」
藤原君はヤレヤレといった様子で歩いて行った。僕も後に続く。
「なんか意味わからんわ。あたしだけハミーにされてるやん」
と、ヒロミちゃんは文句を言っていた。
ある意味彼女が一番最強な気がした。
鼓動
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クラスメイトの藤原君はすごくおかしい。
そう気付いてから一年くらいたった冬のある日のこと。
真夜中一時過ぎ、俺は大事な宿題を教室に忘れてきたのに気付いた。
次の日に提出しなければ大変な目に合う宿題なので、俺に残された選択肢は《学校に取りに行く》以外になかった。
ただ、いくら俺が立派な男だとしても、真夜中にしかも学校に行くってのはかなり怖かった。
でも次の日のことを考えるとそっちのが怖い。
てなわけで俺は携帯を手に取り、ある番号に電話を掛けて、つまりは藤原君である。
『もしもし』
いかにも寝てましたって声で藤原君は電話に出た。
俺だってホントなら藤原君には頼りたくなかったが、俺の知ってる友人達の中に一人暮らしなのは藤原君しかいなかったので、頼らざるを得なかった。
『キミは本当に馬鹿だろう?ニ,三回死ねばいい』
と暴言を吐きながらも、藤原君は10分後に校門で待ち合わせをしてくれた。
そして10分後、自転車を飛ばして校門に行くと、フードをすっぽりかぶった怪しい人間がいた。何を隠そう藤原君だ。
「クソ寒いってのに」
とブツブツ呟く藤原君に肉まんをおごる約束をして、俺は校舎に入った。
しかし夜の学校てのは、なんでこんなに不気味なものなのか。
薄くついている明かりだとか、非常ベルの赤いライトだったりとか。いかにも何かが出そうな雰囲気だ。
しかも隣りには藤原君。
宿題を忘れてきた自分を俺はひどく呪った。
そのとき、
「佐倉、ちょっと止まって」
教室に向かう階段の途中、藤原君が突然言った。
多少びびりながら
「何?」
と聞き返すと、藤原君は親指をクイッと後ろに指し、
『あしおと、ふえてる』
と口パクで言った。
耳をすませば確かに、カツ カツ と足音が聞こえる。
内心目茶苦茶ビビりながらも、俺は笑顔を浮かべて言った。
「藤原君はなんでもそっちに考える。ビビりすぎだって。きっと用務員さんか宿直の先生だろ」
しかし藤原君は、
「キミはホントおめでたいね。用務員さんがハイヒールをはいてるか?」
と言った。
確かに足音はハイヒールの音に聞こえる。
「松野先生が宿直なのかもしれないだろ?女の先生だって夜勤くらいあるじゃん」
俺は恐怖を拭いたい一心でなおも反論した。
しかし藤原君はニヤリと笑うと、
「じゃあ聞くけど、なんで足音ふえてるの?」
その言葉に、俺は気付いてしまった。
聞こえるのは、さっきのカツカツって音だけじゃなく、バタバタと駆け回る子どものような足音や、トントンとゆっくり歩く足音、這いずるような足音など、たくさんの足音になっていること。
いつの間にか増えたのか、最初からたくさんだったのかはどうでもいい。
とにかく足音の正体は、決して用務員さんや宿直の先生ではないことは確かだった。
「藤原君」
「何」
「走ろう」
「そうだね」
俺は藤原君を引っ張って階段を駆け上がった。後ろから聞こえる足音もそれに合わせるように速度が上がる。
息を切らしながらも命からがら自分の教室を見つけ、中に入った。
隠れられそうな場所は…掃除用具入れのロッカーしかなかった。
俺は藤原君をロッカーに押し込み、自分も中に入るとドアを閉めた。
藤原君がせまいの何だのブツブツ文句を言ってるが気にしてる場合じゃなかった。
足音は聞こえなくなっていたが、俺の心臓はバクバクいいっぱなしだった。
「佐倉、知ってる?」
藤原君が言った。
「心臓の音はね、ああいうものを呼び寄せるんだよ」
ニタリと前髪に隠れていた目が笑う。
途端に、ドンドン!!!!!ドンドンドンドンドンドンドン!!!!!ドンドンドンドン!!!ドンドンドンドンドンドン!!!!!ドンドンドンドンドンドン!!!!ドンドンドンドン!!!!!
隠れていたロッカーを何かが叩き出した。
「うあ゛ぁああっ!!!」
俺は耳を押さえて叫んで、藤原君にしがみついた。
藤原君は
「だから言ったでしょ」
と面倒くさそうに言うと、
「うざい」
と一言、俺を引きはがし、
「やかましいわ!!!」
と、ものすごい声で怒鳴った。
そして用具入れのドアを蹴飛ばし、
「帰るよ」
と言ってスタスタ歩き出した。
俺は呆気に取られながらも慌てて藤原君を追った。
辺りには何もいなかった。
「『怖いと思うと寄ってくる』とか言うだろ。あれは、怖がることで鼓動が跳ね上がって、その音に釣られて寄ってくるんだよ」
とか意味のわからない蘊蓄を語りながら、藤原君は校舎を出ていった。
俺はもう何も言う気力がなかった。
その後藤原君と2ケツして帰り、しっかり肉まんをおごらされ、帰宅して布団に入ったときに、肝心の宿題を再び忘れてきたことに気付いたが、もう全ては後の祭だった。
藤原君の家に初めて遊びに行った
.
藤原君はヤバイくらいおかしい。
それが当たり前になってきた冬のある日、学校帰りに藤原君の家に初めて遊びに行った。
藤原君は駅から徒歩30分、目の前が神社、裏手が作業中に死人が出て潰れた廃工場という立地条件最悪なアパートで、16のときから一人暮らしをしているらしい。
理由は教えてくれないが、藤原君から家族の話を聞いたことがないのからして、16から一人暮らしをする裏には、なにやら複雑な事情がありそうだ。
そんな余計な詮索をしつつお邪魔した藤原君のお宅。
入った瞬間俺は
「藤原君、よく生きてるね」
と言ってしまった。
何故なら藤原君の部屋は、驚くほど悲惨だったからだ。
ペラペラになったせんべい布団と、段ボールのテーブル、やけに古い型の電話に、何も入らなそうな小さい冷蔵庫と、着替えが入っているのであろうこれまた小さなカラーボックス。そして部屋の四隅に盛られた塩と、玄関の戸棚に置かれたやたら立派な気持ち悪い日本人形。
いかにも藤原君らしいが、彼が人間らしい生活ができているのかは疑問だ。
しかし彼は構うことなく俺を部屋に入れ、
「粗茶ですが」
などと上品ぶりながら炭酸の抜けたコーラを出してきた。
取りあえず俺はコーラを有り難くいただきながら、藤原君と会話を楽しんだ。
というか、あまりにも物が無さすぎて他にすることがなかった。
そんなとき不意にインターホンが鳴った。
『ピーンポォオォ~ン』と真の抜けた音が部屋に響く。しかし藤原君は立ち上がらない。
「行かないの」
声を掛けるが、藤原君は首を振る。
「行きたきゃ行けよ。僕は知らない」
それではあまりにも失礼だ。宅配の人とかだったらどうするんだよ。
とブツブツ文句を言いながら僕は仕方なく立ち上がり、除き穴を覗こうとした。
そのとき、
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
激しくドアが叩かれた。ヘコんでしまうくらいに強く。
「藤原君!!!!!!ちょ、これ、何!!!!」
俺は藤原君に声を張り上げた。
しかし藤原君はあくびをしながら、
「君は本当にビビりだな。ユーレイとかじゃないから安心しろよ。生身のニンゲン」
それが逆に厄介だけどね。と藤原君は笑った。
俺はどうしてよいのかわからず、思わず覗き穴を見た。
好奇心もあったのかもしれない。しかし即座に後悔した。
「うわあぁぁあぁっ!!!」
俺は叫びながら覗き穴から目を逸した。
覗き穴の向こうには、ベコベコにヘコんだバットと、やたらでかいハサミ…立ち枝切りハサミってやつだろうか、それを持って立っている男がいた。
その顔はニタニタ笑っていてヨダレをたらし、迷彩柄のパーカーにはヨダレの跡が染付いていた。
目は片方が真っ白くて(恐らく失明かなにかしたんだろう)、もう片方は血走っていた。
そして、またドアに衝撃が走る。グギャッとか、ベコッとか嫌な音がする。俺は半泣きになりながら藤原君にしがみついた。
「何あれ何あれ何あれ何あれ!!!!!どうすんの!!!殺されるよ俺達!!!警察は!!!???」
「残念ながら僕は、携帯も固定電話も料金未納止められてるんでね」
「あーもう死ねよ藤原君!!!てゆうか死ぬよ!!!!!」
俺は本気で命の危険を感じていた。
まずあんなやつがいるのにどうやって外に出ろと言うのか。そして、残念ながら俺も携帯を家に忘れていた。
このままじゃ死ぬ。本当にそう思った。
でも藤原君はさして気にする様子もなく、
「いつものことだから気にするなよ。朝にはいなくなってるから」
と言うと、
「寒い寒い」
と呻きながらせんべい布団に入ってしまった。
どこまでおかしいんだろうこの友人は。
相変わらずドアはベコベコ言ってる。
男もドアの向こうにいるのだ。だけど藤原君は気にしないで寝てしまった。
怖くて外にはもちろん出られない。となれば、俺も寝るしかないではないか。
俺は藤原君の布団に無理矢理入り込み、
「狭い」
と言って蹴ってくる藤原君を無視して、恐怖に震えながら、再び目を開けられることを願って眠った。
目が覚めて朝になると音はもうせず、覗き穴の向こうにも誰もいなくなっていた。
藤原君はボサボサの髪をぼりぼり掻きながら、
「な?ユーレイなんかより、ニンゲンのが怖いだろ?」
と笑った。
俺は、ユーレイなんかより、ニンゲンなんかより、あの気が狂いそうな日常をまともに生きてる藤原君が怖かった。
取りあえず、二度と泊まりには行かない。
バレンタイン
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藤原君がおかしいと言うより俺のまわり全てがおかしいんじゃないか、と思い始めたのは一か月前のこと。
いわゆるバレンタインというやつだが、残念なことに頬を赤らめてチョコレートを渡してくれるような女の子は俺の前には一向に現れず、クラスメートの女子たちが板チョコやチロルチョコをくれるだけだった。
空しすぎて死にたかった。
しかも、友人の藤原君はいかにも怪しい見た目なのに意外とモテるらしく、下級生の女の子や違うクラスの女子からいくつか手作りチョコをもらっていた。
これより悔しいことなんかそうそうないと思う。
甘党な藤原君はチョコレートを有り難くリュックに仕舞い込み、時折授業中にコッソリ食べていた。羨ましい。死ねばいい。
そんな悪夢のバレンタインデーの終わりがけ、授業を終えた俺たちは帰り道を歩いていたのだが、そのときに更なる悪夢が起きた。
彼女であるヒロミちゃんにチョコが貰えなくてブツブツ言う藤原君に、ちょっぴりざまあみろとか思っていた俺の前に、突然女の子が走ってきた。
即座に俺のセンサーが反応した。
待ちに待ったチョコレートだ!!!実際女の子は赤い紙袋を持っていた。
見たことはなかったが、ショートカットの可愛い女の子だった。
「あの、これ、貰ってください」
女の子はにっこり笑って俺にチョコレートを渡してくれた。
俺はニタニタしてうまく御礼も言えなかったが、女の子はペコリと頭を下げると走って行った。
「可愛い!!!超可愛いね!!!」
俺は喜々として藤原君に言ったが、藤原君はクソ面白くなさそうな顔で言った。
「でも残念だね。まだまだ●貞卒業は難しそうだよ」
なんでそれを知ってるんだ。てゆうかどういう意味だ。
そう問詰めると藤原君はニヤリと笑い、俺から素早く紙袋を奪ってチョコレートの箱を取り出した。
「なにすんだよ!!!」
せっかくのチョコを奪われてマジギレした俺は取りかえそうとしたが、藤原君は器用に箱からチョコを取り出すと、俺の目の前でチョコレートを二つに割った。
そしてそれを見て俺はゾッとした。
二つに割られたチョコレートから、まるで糸を引くように大量の長い髪の毛が出てきたからだ。
まさか今どきマジでこんな呪いみたいなおまじないをやる奴がいるとは…
しかも、ただのおまじないにしてはおびただしい量の髪の毛だった。
藤原君はアコーディオンのようにチョコレートで遊びながら、
「あれ、2組の山崎だよ。昨日まで髪長かったからおかしいなあと思ってね。僕のバイト先のオカルトショップに、呪いの方法聞きに来てたし」
と抜かした。
知ってたなら早く言えばいいものを、彼女に相手にされなかった八つ当たりとしか思えない。
大体そんなとこでバイトすんな。しかも藤原君はチョコレートを大事に箱にしまい直すと、
「面白いものがあったよ」
と紙袋から手紙のようなものを出した。
そこにはただひたすら、
『好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き』
とあり、
二枚目の便箋には『あなたの子どもを産みたい』とか、『恋はいつしか愛に変わった』とか、ポエムなんかも書かれていた。
3枚目には意味不明な赤い手形。怖い。気持ち悪いを超えて怖かった。正直こんなのドラマの中だけだと思ってた。
しかし不意に振り向けば、走って帰ったはずの女の子が遠くからじっとこちらを見つめていた。
捨てたら殺される気がした。
「どうしよう、どうしよう藤原君」
「さあ?面白いじゃないか。僕もお得意さんをないがしろにはしたくないし」
頼ってみたがあっさり相手にされなかった。頭の中で藤原君に死ねと何度も呟いた。
だが藤原君はまたニヤって笑うと、
「まあ、所詮は素人。返り討ちに合うだろうね」
と言った。
俺は意味がわからなかったが、藤原君はそれ以上何も言わなかった。
俺ももう何も言う気力がせず、女の子の視線を背中に受けながら黙って帰った。
それから特に何事もなく数週間が過ぎたとき、例の山崎さんが転校していたのを知った。バレンタインデーのすぐあとだったらしい。
彼女が転校するからと最後にチョコレートをくれて、ちょっとやりすぎてしまったのか、呪いの返り討ちにあって転校するようなことになったのかはわからないが、藤原君の何時にも増してニヤ付いた顔から思うに、後者のような気がした。
とにかくいろんな意味で恐ろしいバレンタインだったが、ホワイトデーなのにお返しできる相手がいないこの事実がいちばん恐ろしい気もしている。
地元で有名なアパート
.
クラスメートの藤原君がおかしいことに何ら違和感を感じなくなってきた今日この頃。
晴れて俺らは最高学年となったわけだが、受験やら就職やら面倒なことで忙しくなるのもまた事実。なら今の内に遊んでおこうと、俺は仲間たちと集まった。
カラオケにする?ボーリング行く?と高校生らしい会話をしていた俺だが、その集まりに藤原君がいたことによって事態は変わった。
「心霊スポット行かね?藤原いるし」
と誰かが言い出したのだ。
みんなも何故かノリノリで、藤原君はもちろん満更でもなさそうな表情をしていた。
「やめようよ!!藤原君の存在でもう充分じゃん!!」
と俺は止めたが、好奇心に火がついた皆を止められるはずもなかった。
そして、地元では割りと有名なアパートに行くことになった。
心霊スポットというより、自殺の名所っていうか、過去5年の間に4人も自殺してるアパートだ。激しく怖い。てゆうかニヤついてる藤原君が激しくキモい。
しかしみんな気にする様子もなくアパートに入って行った。
階段を踏む度にギシギシと嫌な音が鳴る。正直幽霊より階段が壊れたほうが怖いなあと思った。
そのとき、
「ねえ?佐倉。あれは何かな?」
嫌な笑顔を浮かべた藤原君が指差した先には、小さい祠が見えた。アパートの前の角にちょこんとある。
「何って…祠じゃん」
それ以外なんだってんだ。と言い返すと、藤原君は嫌味なくらいおおきくため息をついて、
「馬鹿以外の何者でもないねお前。その隣りだよ」
と失礼なことを言った。
内心ムカつきながら目線を移すと、男の子が立っていた。
俺達と同い年くらいだろうか、暗くてよく見えないが確かに男の子だった。
「男の子でしょ。それが何」
再び言い返すが、藤原君は心底あきれた顔で言った。
「あの男の子が手に持ってるもの、何かわかる?」
この暗いのにわかるかよ、と言いつつ目を凝らして見て見る。すると、彼の手に丸いものが握られてるのが見えた。
嫌な予感がした。
「もしかして…」
それはどう見ても、お地蔵さんの首だった。
そして、祠のお地蔵さんには首がない。
「キモッ!!ね、早く行こうよ」
あまりの不気味さに俺は藤原君を引っ張って先に行こうとした。
しかし、
「こっちのほーがキモくない?」
藤原君がにんまり笑って言う。
恐る恐る振り返ると、祠の隣りにいた男の子が真後ろにいた。
「ギャー!!」
俺は叫んで藤原君を引っ張って走った。
アパートを降りて振り返る。男の子はもういなかった。
「良かったね藤原君。助かったよ」
息切れしながら振り返ると、藤原君は表情ひとつ変えないで立っていた。
そして、
「佐倉。足元気をつけて」
と言った。
ああ暗いから心配してくれてんのか、とちょっと見直したのも束の間、何かを蹴飛ばした。
ふと目をやると、
「あ、あああ!」
お地蔵さんの頭が転がっていた。
「あーあ。罰当たり」
藤原君がそうほざいたが、俺はもう知らないふりをして走って帰った。
仲間たちを置いて来たことなんかスッパリ忘れていたが、構っている場合でも無かった。
翌日心配になって祠を見に行ったら、お地蔵さんの首はセロテープでグルグルに巻かれて体にくっついていた。
誰がやったかは知らないが、そっちのほうが罰当たりだと思った。
アヤカちゃん
.
クラスメートの藤原君がおかしいことに誰も突っ込まないのがいちばんおかしいと思う今日この頃。
俺は藤原君…正確には藤原君の彼女のヒロミちゃんに、女の子を紹介してもらうことになった。
やっと俺にも春が来ちゃった感じがしてかなり喜んでいたのだが、女の子が恥ずかしがってるらしく、藤原君とヒロミちゃんとその女の子と俺でカラオケということになった。
ヒロミちゃんはともかく藤原君は邪魔以外の何者でもない。そんなに俺の幸せが許せないのだろうか。
取りあえず俺たちは本陣駅の近くにあるカラオケに行った。
「アヤカです。よろしくね」
紹介してもらったアヤカちゃんはヒロミちゃんのクラスメートで、ガッキーみたいな清純そうな可愛い子だった。
しかも光栄なことに、アヤカちゃんがヒロミちゃんに俺を紹介してくれと頼んだそうだ。幸せすぎる。
「取りあえず曲入れよか。佐倉から入れえな」
ヒロミちゃんが何故かやたら不機嫌な様子だが、俺がミスチルを歌うとアヤカちゃんは可愛く拍手してくれた。
藤原君が中森明菜の曲を歌っててホラーぽくてキモかったが、アヤカちゃんが可愛くて気にせずに済んだ。
そしてしばらく歌って、メシでも注文しようかってなったとき。
「ね、ヒロちゃんの彼氏さんは霊感強いんだよね?」
と、アヤカちゃんが言い出した。
ヒロミちゃんは相変わらず不機嫌そうにうなずくだけだった。
「ねえねえ、アヤカもねー、見えるときあるよ?女の子とか!」
「そう。なら佐倉はやめといたほうがいいんじゃない?コイツよく呼び寄せるし、腰抜けだから逃げるよ。 チェリーでビビりの寄付け屋とかキモいよね」
チェリーは激しく余計な気がする。しかも藤原君のがキモいと思う。
しかしアヤカちゃんは、
「えー?じゃあアヤカが佐倉くん守ってあげる!まかせて!」
と、またしても可愛いことを言ってくれた。
そしてアヤカちゃんがトイレに立つ。すると、
「だあー!!もう!!あいつめっちゃくちゃうっといんやけど!!何あのキャラ!さぶイボ出るわ!」
と、ヒロミちゃんが叫び出した。
あまりの態度の変わり方にビビった俺だが、藤原君もヒロミちゃんにうなずく。
「え、なんで?てかヒロミちゃんの友達じゃ」
「ちゃうわボケ!普段仲良くもないのに、無理矢理佐倉紹介せえて言うてきたんや!
あいつ男遊び激しいしあたしは嫌やったけど、圭輔が…」
「僕が呼べって言ったんだよ。佐倉がいつまでも名前通りにサクランボじゃ可哀相だし、それに…」
藤原君がニタリと笑う。その瞬間、悲鳴が聞こえた。
部屋にいたのに悲鳴が聞こえたのが今も不思議だが、直感でアヤカちゃんだと思った。
俺たちは女子トイレに走った。
取りあえずヒロミちゃんが中に入る。するとすぐに俺と藤原君も呼ばれた。
「どうしたの!アヤカちゃん!?」
アヤカちゃんはガタガタ震えて座り込んでいて何も言わなかった。
俺は意味がわからず周りを見渡した。
そして、それに気付いた。
「うぎゃあああ!!」
みっともない悲鳴をあげて尻餅をつく。鏡に、女が写っていた。
ちょうどアヤカちゃんの座り込んでいる真後ろあたり。
もちろん実際には何もいない。鏡にだけ映っている女。
真っ白な腕に、黒髪。ひび割れたような肌に、貞子みたいにひどくうなだれて。
「な、な、何あれ」
ゆっくりゆっくり、鏡の中の女が顔を上げようとした。
そのとき、
「あはははははははははははははははははははははははひゃはははははははははははははははは!」
アヤカちゃんが笑い出した。
気持ち悪い、アヤカちゃんとは思えない笑い方だった。
そしてその場に嘔吐してアヤカちゃんは意識を失った。
女はもう映っていない。
「真っ逆さーまーに…墜ちてdesire…」
藤原君がさも楽しそうに小さな声で歌っていた。
こんなときに、そんな歌うたうとか神経疑う。
俺は腰が抜けて立てないまま、藤原君を見た。
「残念だったね佐倉。女が見えるのはホントみたいだけど、守ってあげるってのは嘘みたいだよ」
藤原君はクスクス笑った。
ヒロミちゃんはアヤカちゃんをビンタして無理矢理起こすと、顔を表せて駅まで送りに行った。
俺はもうなんの気力も無く、藤原君と部屋に戻ろうとした。
すると藤原君が、
「ああ佐倉、女子トイレのドア閉めた?」
と声を掛けて来た。
ああ、どうだったかなと俺は振り向く。するとそこには、さっきの女が、立っていた。
その後のことはよく覚えていない。
俺は無我夢中で走ってカラオケを出て、家に帰った。
アヤカちゃんともそれっきりだ。藤原君と付き合っている限り、幸せにはなれない気がした。
病院に行ってきた
.
クラスメートの藤原君は常におかしい。
そんな彼と昨日病院に行ってきた。ヒロミちゃんが怪我で入院していたのでお見舞いに行ったのだ。
決して藤原君がおかしいから精神病院に言ったわけではない。
学校が終わってから行ってきたので、面会時間ギリギリだった。
俺らは他愛ない話をし、来週には退院するというヒロミちゃんに安堵しながら帰ろうとした。
そのとき、
「ねえ佐倉、せっかくだから探検しよう」
と、藤原君があり得ないことを抜かしてきた。
もちろん俺は断固拒否した。
すると珍しく藤原君は引き下がり、
「なら僕だけで行ってくるよ。ヒロと浮気すんなよ?」
と、さっさと病室を出て行った。
意外な展開に拍子抜けしたが、有り難いことこの上なかったので、俺はお菓子を食べながら藤原君の帰りを待っていた。
しかし、いつまでも藤原君は帰って来ない。面会時間ももう終わるし、だいぶ心配になってきた。
そこで、優しい俺は藤原君を探しに、恐る恐る夜の病院を歩き回ることにした。
「ふーじわーらー出てこーい」
小さな声で廊下でさりげなく藤原君を呼ぶが、やはり藤原君はいない。
真ん中まで進んだあたりで行き止まりになり、仕方なく俺は仕方なく引き返そうとしたが、
「誰か探してるの?」
と、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、看護婦さんがいた。
「はい、友達が迷子になったみた」
そこまで言って、おかしいと思った。
俺の後ろは行き止まり。もちろん誰ともすれ違ってないし、ドアもない。
じゃあこのひと、どっから来たんだ?
途端に怖くなって俺はダッシュした。
後ろから走る足音が聞こえる。
「廊ー下は走らーないでねー!」
声も聞こえる。追いかけてきている。怖くなって無我夢中で走った。
そのとき、
「何やってんの貴様」
藤原君が現われた。人の心配をよそにケロリとした様子だった。
「かかかかか看護婦があああ」
半泣きで説明するが、藤原君は相手にもしてくれず、
「あのさあ。人のことどうこう言ったり余計な世話焼く前に、その甘ったれた根性なんとかしろよ君は」
と、あきれたように言われた。
藤原君が心配だからじゃん!と頭に来て言い返すが、
「ホント頭悪いね。君が何もしなくても僕は僕で好きにやってんだから、余計なお世話だよ」
と言われた。
そりゃそうだ、と思った。
仕方なく俺は藤原君と病室に戻る。すると
「あ、もう面会終わりやってよ」
とヒロミちゃんに言われた。
ヒロミちゃんの横には、さっきの看護婦さんがいた。
ゆっくりゆっくり、看護婦さんが振り返る。
藤原君を放置して俺がダッシュで帰宅したのは言うまでもない。
記念撮影
.
藤原君の性格の悪さは救いようがないと思う夏の今日この頃。
藤原君が泊まりにくることになった。
藤原君の可哀相な部屋にはもちろんクーラーなど無く、扇風機すらもない。
毎日、氷にスリ胡麻をかけたものを食べて暑さと空腹をしのいでると言う。雛〇沢大災害並に悲惨だと思う。
同情した俺はうっかり奴を招待することにしてしまった。後悔先に立たず。
親父はもともと仕事でいないし、母さんは気を利かせて友達と出掛け、家には俺と兄と藤原君という激しく微妙なメンツが残された。
藤原君はこんなときだけ猫を被り(キツネみたいな顔してるくせに)兄に好印象を与えていた。
そろそろくたばればいいと思うのだが中々そうはいかない。
俺達はレトルトのカレーを食べ、しばらくは談笑したりゲームをしたりして平和に遊んでいた。
が、だんだんネタも尽き、微妙にしらけた空気が漂っていた。
そのとき、CKYな兄が唐突に
「なあ、○○小行かね?」
とキチガイなことを言い出した。
その小学校は俺と兄が卒業した学校で、生徒数の減少により他校と統合し、俺の卒業した年には廃校となった学校だ。
そこには今どき珍しい七不思議が存在し、怪奇現象も目撃され、宿直の先生が途中で逃げ出したこともある学校だった。
つまり兄は肝試しに行こうと言ってるわけだ。
本当に空気が読めない兄。もちろん俺は行きたくないことこの上ない。
しかし藤原君はノリノリで
「さすがお兄さん、話がわかりますね」
などとニタニタしながらお世辞を言っていた。
今更だがキモい。
結局流された俺は○○小学校に行くことになった。
学校についた俺達は門によじ登り、堂々と不法侵入した。
セコムとか入ってないのだろうか。不用心だな。などとつぶやきながら校舎に入ろうとした。
が、さすがに鍵や鎖がしてあって中には入れなかった。
「ちぇ、つまんね」
「そういえば、ここの七不思議って何ですか?」
藤原君が兄に聞いた。
「うん?俺も詳しくは覚えてないんだけどな。確か、理科室の蝶の標本がどうとか、何とか」
役に立たない情報を垂れ流す兄。
仕方ないので俺が説明した。
「二宮金次郎像と記念撮影すると、体の一部が消えた写真になる。
理科室の蝶の標本には、人間の皮膚で作られた蝶もどきがある。
階段脇の掃除用具入れに入ったら出てこれなくなる。
あとは覚えてないけど、この3つは有名だね」
「へえ、ナオお前どうでもいいことだけは覚えてんだな」
どうでもいいことすら覚えてない兄が言う。
気にしないことにして俺は続けた。
「でもさ、学校入れないから、理科室と掃除用具入れは確かめようがないし、記念撮影しようにもカメラないじゃん」
だから帰ろう、と俺は言った。
しかし、予想外のことが起きた。
「サクランボ、僕の趣味を忘れたのか?」
非常に失礼な呼び方をして、藤原君はケツポケットからインスタントキャメラを取り出した。
残念ながら写真が趣味だなんて知らないし知りたくもない。
「すっげえ藤原!準備いいなー」
「準備よくないとサクランボの相方はつとまらないんで」
誰がいつ相方になったのだろうか。
取りあえず俺たちは金次郎像と記念撮影をした。
「64ひく61はー?」
「サーン」
意味もなくナベアツふうに写真を撮り、良かった良かったと俺たちは学校を出た。
結局その夜は、何もなかった。
しかし、恐怖はその後に待っていた。
数日後、藤原君が俺に電話を掛けてきた。
あまり出たくなかったが仕方なく出ると、ものすごく愉快そうな声で『今から行く』と言われた。
そんなこと言われても、と言う間も無く、電話は切れ。数十分後、インターホンが鳴った。
「こないだの写真ができたんだけどね」
藤原君は嬉しそうに封筒から写真を取り出した。
「なに?やっぱり体でも消えてた?」
軽口を叩きながら俺は藤原君から写真を受け取った。
そこには俺と藤原君と兄がちゃんと写っていた。
「消えてないじゃん。やっぱり嘘なん」
そこまで言って、俺は言葉を切った。気付いてしまった。
二宮金次郎像の前、ナベアツポーズの俺と微妙なピースサインをする藤原君とその後ろにいる、黒いパーカを着た男。
フードをすっぽり被って、金次郎像の後ろにいた。
そして、その手に握られたハサミ。
「な、にこれ」
あのときこんな男はいなかった。
いや、気付かなかっただけでいたのかもしれないけど、もしあのとき気付いていたら俺たちは。
「ふ、藤原く」
「キモチワルイよね。意味がわからない」
藤原君が珍しく神妙な面持ちで言った。
やはりいくら藤原君でも、変質者は怖いんだなと思ったが、それは違った。
「なんで僕が写ってんだろ」
言われて気付いた。
そう、あのときシャッターを押したのは間違なく藤原君だ。3人で行って、二人が写って、ひとりがシャッターを押した。
なら、なんで三人とも写ってんの?
『四人目』の誰かがいたのか。藤原君に見えるこの微妙なピースサインの人間は、違う誰かなのか。
答えは今もわからないが、俺は二度と藤原君と写真は撮らないと決めた。
(完)