これは、山深い村に伝わる古い話だ。
その村は四方を険しい山々に囲まれており、外の世界へ出るには人里離れた深い森を抜けなければならなかった。しかし、森には「山姥」と呼ばれる恐ろしい妖怪が棲みついていると噂され、人々は山道を避けるようになった。村は次第に寂れ、閉ざされた場所となったが、子供たちだけは森の中に分け入る勇気を持っていた。甘い果実や木の実を目当てに、彼らは陽が沈む前に遊びに行くのを常としていた。
その森の中に、ひときわ目を引く巨大な柿の木があった。毎年、たわわに実をつけるその木は、村の子供たちにとって特別な存在だった。枝の下に実る柿は柔らかく甘く、少し上に実る柿は固めながらも風味が良い。しかし、木のてっぺんに実る柿だけは、いつも青く硬いまま季節を終えるのが常だった。その青い実を子供たちは「役立たずの実」と呼び、石を投げて落としてしまうのが毎年の習慣だった。
ある年のこと、柿の実が熟し始めた頃、村の子供たちはこっそり集まり、山へと遊びに出かけた。ところが、急な夕立に見舞われ、慌てて雨宿りできる場所を探し回った。しばらくして朽ち果てた無人の小屋を見つけ、そこに駆け込んだ。薄暗い小屋の中はじめじめとしており、不気味な雰囲気が漂っていた。
そのとき、ひとりの子が土間の中に目をやり、思わず息を飲んだ。炉の中には薪の代わりに白い骨がくべられ、隅にはいくつもの骸骨が積み重なっていたのだ。「ここは山姥の小屋だ!」誰かが震える声で叫ぶと、全員の顔から血の気が引いた。山姥が戻れば、生きたまま喰われてしまう。恐怖に駆られた子供たちは、降りしきる雨の中を一目散に逃げ出した。
背後からは低い唸り声と共に、山姥の足音が迫ってきた。子供たちの心臓は今にも破裂しそうだった。どうにか柿の木の下までたどり着いた彼らは、他に逃げ場もなく次々と木に登った。だが、山姥もすぐに追いかけてきた。
熟れた柿を手に取った子供たちは、必死に山姥へ投げつけた。しかし、熟した実は柔らかすぎて山姥に当たると潰れるだけだった。山姥は「当たれど痒し、熟れすぎ柿の子」と笑いながら、なおも木を登ってくる。さらに子供たちは熟した実を投げたが、山姥はそれをむしゃむしゃと食べながら「当たれどうまし、熟れたる柿の子」と愉快そうに嗤った。
追い詰められた子供たちは木の頂上へと逃げるしかなかった。手元には青く硬い柿の実しか残っていない。「もうだめだ」と泣きそうになる仲間をよそに、ひとりが震える手で青い実を摘み、山姥めがけて投げつけた。その実が山姥の額に当たると、甲高い悲鳴が響いた。「当たらば痛し、熟れざる柿の子!」山姥はよろめき、木から地面へと真っ逆さまに落ちていった。その体は落下とともに砕け、まるで土に還るように跡形もなく消えた。
それ以来、子供たちは青い実を「役立たず」だと言って落とすことはなくなった。誰もが知っている――その青い実が、命を救ってくれたのだ、と。
[出典:504 名前: 健康茶流@カテキン緑茶 [sage] 投稿日: 04/11/27 20:59:21 ID:VEt4KIcZ]