これは、インターネットの掲示板で偶然見かけた書き込みを元にした話だ。
滋賀県に旅行に行ったとき、無計画で安宿を予約した投稿者と友人たちが体験した、奇妙な一夜の出来事である。
その民宿は琵琶湖から少し離れた田んぼの中にぽつんと立っていた。到着したのは夜の八時ごろ、玄関に出迎えたのは、のっぺりとした無表情のご主人だった。建物はただの一軒家を改装しただけのようで、玄関には大きな蛙の置物が鎮座していた。疲れ果てた一行は気にも留めず、近くの中華料理屋で夕飯を済ませて宿に戻った。だが、部屋に入ると違和感が広がり始めた。
掛け軸には蛙、障子には蛙模様、小さな置物に、湯のみには太い筆で「蛙」の文字。そして廊下の先、家族がくつろぐ居間がちらりと見える。その入口には黒いゴミ袋が三つ、積まれていた。微かに中からゴソゴソと音がしていたが、疲れ切った彼らは特に気にせず、そのまま布団に倒れ込んだ。
夜中、どれほど眠ったか分からない時間に目が覚めた。部屋の外から聞こえてくる無数の蛙の鳴き声。そして――「ドン、ドン、ドン」――床を叩くような音。
恐る恐るドアに耳を押し当てた。音は部屋の前を通り過ぎ、廊下の突き当たりで止まり、また引き返してくる。そして時折、低いゲップのような音が混じる。耐えきれずドアを少しだけ開け、廊下を覗き見た。
ぴょん、ぴょん――。蛙のように跳ねる音がした。廊下の向こうから、あのご主人がこちらに向かって跳ねながら進んでくる。「ゴロロ、ゴロロ」と喉を鳴らしながら。その異様な姿に凍りついた。さらに廊下の突き当たりでは、奥さんとおじいさんが無表情のまま、跳ねるご主人をじっと見つめていた。
ご主人が奥さんたちの元に辿り着くと、奥さんが静かに蛙座りをし始めた。その光景を見ていられなくなり、慌ててドアを閉めた。だが、音は止まらない。「ドン、ドン、ドン」と玄関の方から響く音と、「ゲゲゴォ」という低い声が続いていた。布団に潜り込み、イヤホンで音楽を流し、朝が来るのをただひたすら待つしかなかった。
翌朝、急いで支度を済ませて部屋を出た。友人が「なんだか生臭くないか?」と呟く。部屋を出ると、あの黒いゴミ袋は消えていたが、廊下にはかすかに湿った生臭い匂いが漂っていた。嫌な予感を抱えながら、玄関へと向かい宿泊費を支払う。相変わらず無表情なご主人が「またお越しください」と口元を歪めて送り出した。玄関を出た瞬間、背後から微かに「ゲェッ」と聞こえた気がした。
その日は釣りをする予定だったが、体調がすぐれないと言い訳をしてそのまま帰宅した。帰りの車中、友人が「喉の調子が変だ」と呟いた。投稿者もその言葉に同意しながら、胸の奥に得体の知れない嫌悪感を抱えた。
それ以来、蛙を見るたびにあの夜の光景が頭をよぎるという。そして、決して滋賀のその宿には近づかないと心に誓ったそうだ。
蛙が跳ねる音が耳から離れないまま――。
[出典:639 本当にあった怖い名無し sage 2010/10/01(金) 21:43:43 ID:b2vnwu9JO]