心の整理がついてきたから、こうして文字にしている。
俺には二人の大切な友達がいた。原田と大場。小学校からの付き合いで、社会人になってからも三人でよく酒を飲んでいた。去年のちょうど今頃も、同じように集まっていた。
グラスを手にしていた原田が、不意に言った。
「お前ら、呪いを信じるか?」
理系の国立大に進んだ男だ。オカルトの話なんて絶対に口にしないやつだった。大場はオカルト好きだが、原田がそんなことを言うのは聞いたことがなく、俺も大場も一瞬返事に詰まった。原田は続けた。
「小学校の頃、俺んちの近くの共選所で遊んでたろ。石に腰掛けてるお爺さん、覚えてるか? あのお爺さん、この前死んだんだ」
たしかに覚えている。いつも俺らを優しげに眺めていた老人。中学に上がってからはもう見かけなくなった。
原田は言った。
「死んだ理由は呪いだ」
馬鹿馬鹿しいと思った。大場ですら鼻で笑ったほどだ。だが原田の顔つきは真剣だった。
「今年の大雪で共選所の社が潰れただろ。その下には怨念が込められた井戸があって、そこで呪いの力を強めた『モノ』があったんだ」
大場は表情を固くした。彼は心霊現象を信じてはいなかったが、古い伝承や儀式を調べては楽しんでいる男だったからだ。
「それは何十年も前に部落を地獄に沈めた呪具だ。まずはあのお爺さんが殺された」
俺は呆れ、酔いが冷めていくのを感じていた。ところが大場が乗った。
「それって……蠱毒の話かもしれないな」
聞き慣れない言葉を原田が聞き返す。大場は語り出した。百年ほど前の女の話。暴力を振るう夫を毒殺したと噂され、村中から忌み嫌われた女が、孤独の果てに口にした蠱毒の方法。三人の子供を井戸に閉じ込め、生き残った一人が呪いを解く……狂った言葉に、村人たちは逆上し、女とその子供たちを井戸に落とした。
一年後、蓋を開けると女と子供一人の死体。もう一人は見つからなかった。血と爪痕で井戸は凄惨だったという。
それでも五人目の死者が出た。呪いは終わらなかった。
村人が呼んだ坊主は言った。「蠱毒は成就してしまった。怨念は簡単には消えない」と。女は自分の子を食い、骨を砕き、血で染めた衣で包み、首飾りのようにして呪具を作った。その憎しみは村を壊すほどのものだった。井戸に仏像を置き、封じるしかないと坊主は告げた。村人の多くは逃げ出し、残った者は疫病で死んだ。村は一度、完全に消えた。
大場は「ただの伝説じゃない、元になった事件はあったはずだ」と言った。原田は「あのお爺さんが死んだのは黒い袋のせいだ」と呟き、「人を呪い殺す力を得たら何をする?」と俺たちに問うた。俺も大場も答えられなかった。
その夜、解散したあと大場から電話があった。
「原田、変だろ。たぶんあいつ、呪具を手に入れた」
黒い袋。俺が話の中でそんな言葉を使った覚えはなかった。大場は不安そうに「原田を支えてやらないと」と言った。翌日、大場は事故で死んだ。
葬儀で原田に会った。彼は言った。
「あいつは俺を悪く思ったから死んだんだ」
ニヤニヤしながらポケットから黒い袋を取り出した。紐がついて、まるで首飾りのようだった。その瞬間、背筋が氷のように冷たくなった。俺が「大場の事故に関わってないよな」と問い詰めると、「呪いなんてあるわけない」と笑いながら、「でも俺に悪意を持ったらそうなるかもな」と囁いた。
しばらくして原田から電話があった。
「アレがくる……アレがくる……」
部屋に駆けつけると、壁一面にお札、赤い文字で塗り潰された光景。原田は「使ってはいけなかった」と震えながら叫んだ。俺が袋の場所を聞いても答えない。「お前も俺を呪う気だろ!」と暴れる。なだめきれず、その日は帰った。
それきり連絡が取れなくなり、やがて原田も死んだ。死因は心臓発作。葬儀は家族だけで行われた。
俺は短期間に二人の友を失った。呪いなんて信じたくない。だが、原田が死んでから、彼の家の近くで立て続けに三回も葬式があった。小さな地区で、そんなことは滅多にないのに。
あの黒い袋は今も、原田の家のどこかにあるのだろうか。考えるたびに心臓の奥が冷えていく。
(了)
[出典:46 :モンキチ:2015/07/07(火) 16:25:39.60 ID:5K9EcLcC0.net]