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赤い輪の記憶 r+2,935

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小学校一年の頃だった。

場所はモスクワ。父の仕事の都合で一家ごと移り住んでいたのだが、週末になると補習のような形で、現地の日本語学校へ通っていた。校舎は古く、夏でも薄暗い灰色の光が廊下に差し込んでいて、目が慣れるまで数分かかった記憶がある。薄い絨毯、歪んだ時計、階段の手すりの冷たさ。すべてが、何かしらこちらを試してくるような感触だった。

あの日も曇っていた。
教室に入ると、担任の先生が開口一番、こう言った。

「今日はIQテストをやります。終わった人から帰っていいです」

その言葉に、教室の空気が少しだけピリッとした。
けれど、当時の自分はというと、IQだとか、テストの重要性だとか、何も理解していなかった。数字も嫌いだったし、問題文も難しい漢字が並んでいて意味不明だった。マークシート式だと聞いたので、端から塗りつぶしていくことにした。黒く、適当に、無思考で。

数分後には席を立ち、廊下に出た。
だが、実際には「帰る」といっても、皆でバスに乗って帰るのだから、集合時間まで廊下のベンチで待たされる羽目になる。窓の外は灰色の空、遠くでカラスの鳴き声が聞こえていた。自分がやったことが良かったのか、悪かったのか、そんなことさえどうでもよかった。

そして――半年が経った。

そのテストのことなど完全に忘れ去っていた頃、親がやけにそわそわしながらこんなことを言い出した。

「なんかね、ウクライナの教育機関ってところから招待状が来てるの。旅行がてら行ってみようか」

話によれば、自分が受けたIQテストの結果が「特異」だったらしく、追加で特別なテストをしたいという申し出だった。旅費や滞在費はすべて向こう持ち。自分は何が特異だったのかも分からず、当然ながらピンとも来ていなかった。ただ、遠出ができるという理由で、それなりに浮かれていた。

目的地はキエフの郊外、工業地帯の外れにあるという建物だった。
ホテルのロビーのような造りの場所で、だが窓がなく、天井も低い。妙に人工的な空気が漂っていて、金属とゴムのにおいが鼻についた。

その場所で出迎えたのは、流暢な日本語を話す男だった。四十代くらい、頬がこけていて眼鏡がよく曇っていた。
「では、被験者本人だけ、こちらへ」

親と引き離され、一人で通されたのは、音楽スタジオのような大部屋だった。学校の体育館ほどの広さ。照明はなく、ただ中央に浮かぶように数本の赤いレーザー光線が走っていた。全方向から鏡で反射させられたその光が、何度も角度を変え、最終的に自分の額をピタリと射抜くように当たっていた。

真っ暗な空間に浮かぶ、赤い一点。
その一点がまるで、頭の中心を読み取っているかのような錯覚があった。

背後から声がした。女の声だった。

「頭の位置を変えずに、レーザーを避けてください」

声は日本語だった。けれど、言っている意味は理解できなかった。
額に当たっているのに、どうやって避けるのか? 動いたらダメなのか? いや、そもそもこれはテストなのか?

周囲を見回すと、自分と同じような年頃の子どもたちが、ざっと四十人ほど。国籍もバラバラ。白人、黒人、アジア系。皆同じように、レーザーに額を照らされていた。

静寂の中、様々な言語のざわめきが波のように響いていた。
不安や混乱、怒り、興味。それぞれの感情が、暗闇の中に滲んでいた。

やがて、右端の方にいた少女の前にあったレーザー光線が、ふいに動き出した。
まるで意思を持ったかのように、輪を描き、跳ね、グルグルと回転したのだ。

その瞬間だった。

「はい、あなたはもう帰っていいですよ」

自分の後ろにいた係の男が、すっとそう言った。
まるで、何かを確認し終えたかのように。

そして、まるで合図でもあったかのように、他の子どもたちにも次々と同じ言葉が投げかけられ、部屋から出されていった。混乱も抗議もなく、すべてがスムーズで、整然としていた。

その後、皆で簡単な食事をし、送迎車で帰された。
誰もその出来事について詳しく話そうとはせず、係員たちは終始にこやかだった。

自宅に戻った後、両親に聞いたが、彼らも多くを知らされていなかった。
「ただの教育テストらしいよ」
「旅行になったし、まあ良かったじゃない」
そんな曖昧な返事ばかりだった。

歳月が過ぎ、成人し、再びその出来事を思い出して、母に聞いてみた。

「ねえ、あれ……あのウクライナの変なテストって、結局何だったんだろうね?」

母は黙り込んだ。
数秒後、ゆっくりと首をかしげたまま、小さくつぶやいた。

「え? あんた……ウクライナなんて行ってないよ」

瞬間、頭の中に赤い光がよみがえった。
輪になって跳ねていた光。額にあたっていた熱。
あの部屋の暗さ、天井の低さ、言葉のざわめき――。

あれは夢だったのか?
あるいは、もっと別の何かだったのか?

答えはない。ただ、今でも鏡を見ると、ときおり額の中心がじんわりと熱く感じることがある。
まるで何かがそこに、まだ触れているような、そんな感触が。

[出典:295 :本当にあった怖い名無し:2017/10/15(日) 23:20:32.67 ID:iKpw4H9U0.net]

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