ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 洒落にならない怖い話

真ん中に立つ人間 rw+3,049

更新日:

Sponsord Link

あの町の名前は、いまも口にしないことにしている。

発端は、知人から聞いた「境界線」の話だった。物理的な線ではない。こちら側とあちら側を分ける、意識の裏に貼りついた薄膜のようなものだと言う。見えないが、常にそこにある。踏み越えれば戻れないわけでもない。ただ、越えたことに自分が気づけなくなるらしい。

「霊能者は綱渡りだ」

そう言って笑ったそいつは、自分がどこに立っているかを、いつも確かめる癖があると言っていた。朝起きて、足の裏の感覚を確認する。地面が硬いか、柔らかいか。夢の続きではないか。呼吸は自分のものか。他人の気配が混ざっていないか。

俺は笑って聞いていたが、内心では否定しきれなかった。俺自身、毛先だけが何かに触れている感覚を、子どもの頃から知っていたからだ。見えない。ただ、いるのはわかる。視界の外側に、常に半歩ぶんの余白がある。

背中をなぞる冷気。へその奥から喉へ上がってくるざらつき。日常のノイズとしてやり過ごせる程度の違和感。俺はそれを「体質」だと思い込んでいた。

あの空き家の前を通るまでは。

学区の外れに、古い木造の家があった。塀は傾き、庭は荒れ、窓は内側から板で打ちつけられていた。事故か自殺か、何かがあったという噂だけが残り、詳細を知る者はいない。子どもたちの肝試しスポットになり、大人は眉をひそめる。ありふれた構図だ。

だが、俺にとっては違った。

家の前を通るたび、いつもの背筋のざわめきが強くなる。目に見えない風が、あの家の方向へ流れているように感じる。だから通勤路を変えた。わざわざ遠回りをした。関わらない。それが最善だと思った。

ある日、どういうわけか、その道を通らざるを得なくなった。夕方だった。空はまだ明るく、人通りもある。なのに、家の前に差しかかった瞬間、体の内側から音が消えた。

背筋だけではない。頭の奥、眼球の裏、爪の間にまで細い針が刺さるようなざわめきが走った。皮膚の内側を誰かに撫でられる感覚。立ち止まってはいけないと直感した。足を動かし続けたが、空き家の窓の奥に、何かが立っている「配置」だけが、はっきりとわかった。

それ以降だ。

町全体の輪郭が、わずかにずれた。

昼間でも鳥肌が引かない。コンビニの自動ドアの前、信号待ちの横断歩道、公園のベンチ。どこにいても、視界の外側に誰かが立っている。振り向いてもいない。だが、立っていることだけは確信できる。

病院に行った。検査も受けた。異常なし。医師はストレスだと言った。俺はうなずいた。説明としては、それで足りる。

だが足りなかった。

例の知人に連絡を取ると、面白がって「遊びに行く」と言った。数時間後、「やっぱり行けない」とメールが来た。

後日、ファミレスで会ったとき、そいつは冗談を言わなかった。

「町全体が、境界の上に乗ってる」

通りを歩くだけで引かれる。神社の結界が歪んでいる。角を曲がるたびに、向こう側の何かが立っている。具体的すぎる描写に、笑えなかった。

数日後、近所の子どもが夜に「空を歩く人」を見たと言い出した。町内会の老人は、神社の鏡がひび割れていると騒いだ。偶然と言えば偶然だ。だが、偶然が重なると、線になる。

俺は町を出た。ひと月後のことだ。仕事の都合という体裁を整え、荷物をまとめた。引っ越し当日、最後にあの道を車で通った。空き家の前で、なぜか信号に引っかかった。

助手席の窓越しに、あの家が見えた。

板で塞がれた窓の一枚だけが、わずかに開いていた。内側の暗闇に、何かがいるかどうかはわからない。ただ、こちらを「数えている」気配があった。

引っ越してから、鳥肌は減った。完全には消えないが、日常に溶け込む程度に戻った。町には今も人が住み、あの家の近くにも新しい家族が越してきたと聞く。

綱引きは続いているのかもしれない。こちらとあちらで縄を引き合い、誰かが真ん中を踏み越える瞬間を待っている。

問題は、どちらが引いているのかだ。

向こう側が人間を欲しているのか。それとも、こちら側が向こうを必要としているのか。

この話を読んだ時点で、あなたは俺と同じ位置に立っている可能性がある。信じるか否かではない。想像したという事実が、細い縁になる。

境界線は、探そうとする者の足元に現れる。

いま、背中に冷たいものが触れていないか。

それがただの空調の風だと、言い切れるか。

[出典:748 :本当にあった怖い名無し:2020/07/13(月) 17:02:12.82 ID:KmfkXDdr0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 洒落にならない怖い話

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.