ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

中編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

役に立たない存在 rw+4,490-0124

更新日:

Sponsord Link

私は数年前まで、ある一家に飼われていた。

今でもこの言い回し以外に、あの期間を説明できる言葉が見つからない。監禁でも誘拐でもない。洗脳とも少し違う。あれは生活だった。私が私である必要のない、完成された生活だった。

大学を卒業し、関東の企業から内定をもらい、実家を出て一人暮らしを始めた。地味だが順序だった人生だったと思う。華も挫折もなく、取り立てて語る理由もない。卒業式から数日後、引っ越したばかりの部屋で、電気カーペットの上に寝転びながら携帯を触っていた。そこで記憶が途切れる。

次に意識が戻ったとき、私は知らない家の中にいた。

一軒家だった。郊外によくある間取りで、洋室が多く、和室が一つだけ奥にあった。家具の配置、床の軋み、キッチンの照明の色まで、異様なほどはっきり覚えている。それなのに、どうやってその家に入ったのか、その直前の記憶だけが完全に抜け落ちている。

私はその家で、ペットとして扱われていた。

首輪をされていた。青色で、ホームセンターのペット用品売り場に並んでいるような、ごく普通の犬用の首輪だった。服はスウェット地で、毎日違う色を着せられた。茶色、ベージュ、グレー。どれも清潔で、柔軟剤の匂いがした。私は人の姿のまま、二足で歩き、鏡に映れば間違いなく人間だった。

それでも名前はなかった。呼ばれるときは、ポチとかゴンとか、犬につけるような名前だった。

一家は三人だった。三十代前半の夫婦と、小学校中学年くらいの娘。私の世話をしていたのは、その娘だった。私は心の中で彼女をお嬢さんと呼んでいた。

朝になると、お嬢さんが私を起こす。パンやおにぎりを手で持って、私の口元に運んでくれる。私は自然にそれを食べていた。水はケージ用の給水ボトルのような仕組みで、逆さにしたペットボトルから飲んでいた。それをおかしいと思った記憶はない。

トイレは和式で、家の隅に私専用のものがあった。風呂は毎日ではなかったが、髪はきちんとブラッシングされ、身体も拭いてもらっていた。不潔だと感じたことは一度もない。

父親はスーツで出勤し、母親は仕事部屋に籠っていた。二人とも私を見て笑い、時々頭を撫でた。それ以上の関与はない。私は家族の会話に参加しないし、求められることもない。ただそこにいる存在だった。

一日の大半は、リビングの深緑色のカーペットの上で過ごした。無印良品の人をダメにするソファが置いてあり、私はそこでうとうと眠り、起き、また眠った。何もしなくていい。役に立たなくていい。その状態が、疑いようもなく心地よかった。

お嬢さんはよく話しかけてきた。「今日、どれ着る」「赤と青、どっちが好き」。私は短く答えるか、曖昧に首を振るだけだった。それで十分だった。言葉は使えたが、使う必要がなかった。意思を示さなくても、生活は滞りなく進んだ。

時間の感覚は曖昧だった。季節が変わったような気もする。春から夏になった記憶が、あるようでない。感覚としては数ヶ月、少なくとも短期間ではなかった。

だが、後から知ったことだが、それは十日間だった。

戻ったのは唐突だった。

ソファで横になっていた。お嬢さんが庭から戻ってきて、私の名前を呼んだ。その声に反応して肩を動かした瞬間、視界が切り替わった。

私は都心の交差点に立っていた。

信号待ちの人混みの中だった。着ている服は見慣れたものだった。リュックも携帯もある。日付を確認すると、卒業式から約二週間後だった。あの家で過ごした時間など、どこにも存在しないことになっていた。

呆然としていると、ベビーカーを押した女性に声をかけられ、私は現実に引き戻された。そのまま駅に向かい、自宅へ帰った。

部屋に置いてあった花が枯れていた。卒業祝いに後輩からもらったもので、毎日水をやっていた。十日で枯れる種類ではない。だが、誰もそれを証明してはくれない。

それ以外に、決定的な証拠はなかった。

ただ、戻ってからも、首元に違和感が残っていた。何も巻かれていないのに、そこだけが冷たく、触られているような感覚が消えない。食事のとき、誰かに見られていないと落ち着かない。名前を呼ばれた気がして、反射的に振り向いてしまうことがある。

夢だと言い聞かせれば、説明はつく。解離だとか、ストレスだとか、理由はいくらでもつけられる。

それでも、私は知っている。

あの家では、私は完全だった。役割も責任もなく、意思すら手放して許されていた。だから今も、ふとした瞬間に思ってしまう。

もし、また呼ばれたら。
もし、首輪を差し出されたら。

私は、断れるだろうか。

夜、夢の中であの家に戻ることがある。お嬢さんが「おかえり」と言う。頭を撫でられ、私は首輪をつけたまま目を閉じる。目覚めた瞬間、首元の違和感が強くなっていることがある。

あの家が、過去にあったのか、今もどこかにあるのかは分からない。

ただ一つ確かなのは、私はもう完全には戻ってきていないということだ。

[出典:513 :本当にあった怖い名無し:2015/01/24(土) 22:07:18.40 ID:9+fFTbph0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-中編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.