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呼び出しだけが残る rw+1,741-0203

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もう十年ほど前の話になる。

それでも、あのカラオケ屋で働いていた三年間のことは、いまだ現実だったのか疑わしい。夜中に目が覚めると、あのフロントの端末の光だけが、今もどこかで瞬いているような気がする。

店は住宅街の外れ、国道沿いの古い雑居ビルの二階にあった。鉄骨むき出しの外観に対して、内装だけが不釣り合いに洒落ていた。壁紙は新しく、照明も間接光を多用している。無理をして整えた感じが、逆に落ち着かなかった。

機材は新旧が混ざっていた。JOYWAVE、BMB、ライブDAM。音は割れ、マイクは頻繁にハウリングを起こす。それでも昼のフリータイムは人気で、近くの専門学校生が押し寄せ、開店直後に満室になることも珍しくなかった。

働き始めてすぐ、私は一つだけ妙な決まりに気づいた。

二階の奥に、案内しない区画がある。

以前は通路が一周できる造りだったらしいが、私が入った頃には半分ほどが鉄扉で塞がれ、立ち入りできなくなっていた。表向きは男子更衣室があることになっていたが、実際に使われている様子は一度も見たことがない。鍵はスタッフルームの壁に掛けられたまま、触られた形跡がなかった。

それでも、その奥の区画から、フロントへのコールだけは頻繁に鳴った。

呼び出し音が続くので取ると、ノイズ混じりの無音が返ってくる。誰も喋らない。ただ、表示される部屋番号だけがそこにあった。

先輩は決まって言った。

「よくあるよ」

それ以上でも以下でもなく、誰も深掘りしなかった。私も次第に、それを異常として認識しなくなっていった。

一度だけ、はっきりと見た。

開店前の午前十時、二階で機材の立ち上げをしていたときだ。通路の奥から、バタバタと走る足音が聞こえた。振り向くと、赤いTシャツを着た子供が、封鎖された方角へ駆けていく背中が見えた。

白いスニーカーのかかとが跳ね、金属の床がわずかに震えた。

一階に戻って確認したが、その時間、客は一人も入っていなかった。二階に誰かを案内した形跡もない。

それから私は、折に触れて奥の扉を確かめた。立ち上げのついで、清掃のついで。耳を澄ませ、床の埃を見る。それでも、人の気配はなかった。

呼び出しだけが、淡々と鳴り続けていた。

途中で店長が替わった。無精ひげで、サンダル履きの、どこか現実感の薄い人だった。初日のミーティングで封鎖区画の話が出たとき、店長は短く言った。

「そのままでいい」

理由は語られなかった。誰も聞かなかった。

それ以降、奥の話題は自然と口に出なくなった。呼び出し音も、業務の一部として処理されるようになった。

毎週決まった時間に来る常連がいた。太った中年の女性で、二階の隅の部屋を指定する。連れてくる若い男たちは三人とも痩せていて、ほとんど喋らない。手首に何かを巻いていることもあった。

その部屋だけ、扉が妙に重かった。押しても、すぐには開かない日があった。

三年間、私はその店で働いた。最後まで、奥の区画からの呼び出しは止まらなかった。

辞めた理由は、常連客からの執拗な付きまといだった。家の近くまで来られた夜、ようやく「戻れない場所」があることを自覚した。

先日、ふと思い立って店を訪れた。

二階へ上がると、封鎖エリアはさらに広がっていた。扉はベニヤ板で覆われ、釘で打ち付けられている。防音ではなく、閉じ込めるためだけの工事に見えた。

スタッフに尋ねても、「使えないんです」としか返ってこなかった。

そのとき、かすかに聞こえた。

呼び出し音。

今はもう存在しないはずの部屋番号が、端末に一瞬だけ表示された。消える直前、その番号に見覚えがあった気がした。

私はそれを確かめず、店を出た。

鏡越しに見えた赤いTシャツの背中が、なぜか頭から離れなかった。
あの店の制服が、ずっと昔から、あの色だったことを思い出してしまったからだ。

[出典:287 :本当にあった怖い名無し:2022/01/23(日) 00:25:22.61 ID:eEb15Y/40.net]

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