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同じ夢のゆくえ r+2,057

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駅前のロータリーを歩いていたとき、肩を叩かれた。

午後三時過ぎ、重たい雲の隙間から微かに光がこぼれていたのを、はっきりと覚えている。

振り返ると、地味なスーツ姿の女が立っていた。口元を引き結び、神妙な顔つきでこう言った。
「私と、どこかで会いませんでしたか?」

知らない顔だった。思わずきょとんとしてしまい、「いや、人違いだと思います……」と答えたら、彼女は視線を落として「そう……ですよね」とつぶやいた。

だがその直後、急に顔を上げて、目を見開きながら言った。
「一目惚れしました。付き合ってくれませんか?」

ナンパだった。わけがわからなかったが、その時はまだ、これは何かの狂気の入口だとは思ってもいなかった。
軽く舞い上がってしまった俺は、ろくに疑問も抱かず連絡先を交換し、そこから二人の関係が始まった。

けれど、彼女は最初からおかしかった。デート中も笑うには笑うが、ふとした拍子に表情が曇る。
何かを思い詰めているようで、「この子、俺のこと本当に好きなんだろうか……?」と不安になる日が増えていった。

それでも三ヶ月ほど付き合い続け、ある日ドライブに誘った。
「車……」と口にした瞬間、彼女の顔が能面のように固まった。それからすぐ笑顔に戻って、「うん、行きたい」と言ったが、俺の中に妙なざわめきが残った。

当日、彼女は大きなリュックを背負って現れた。
「ピクニックじゃないんだからさ」と冗談めかして言った俺に、「うん」と笑う顔が、どこかぎこちなかった。

ドライブ中は終始明るく、途中で手作りのおにぎりとサンドイッチを出してきた。何かの儀式のように丁寧に包まれていて、妙に印象に残った。

何度かドライブデートを重ねたある日、助手席に乗り込んだ彼女がぽつりと言った。
「今日、かもしれないね」

「何が?」と聞き返すと、「え、私何か言った?」ととぼけて笑った。
意味がわからないまま、俺たちは車を走らせ、山道に入った。

夕方を過ぎ、気温は氷点下に近づいていた。道は滑りやすく、カーブの外側にわずかな油断で車体が滑った。
次の瞬間、ガードレールの切れ間から、車ごと転落した。

鉄が軋む音、ガラスの砕ける音。
俺は強い衝撃を受け、目の前が真っ赤になった。

……気がついたら、彼女が俺の頭に包帯を巻いていた。まるで手慣れた看護師のように。
リュックからガーゼ、カイロ、止血帯を取り出して手際よく処置していく姿は、あまりに現実離れしていた。

「大丈夫、大丈夫だからね」
彼女は俺の手を握ってそう言い、抱きしめてくれた。冷たかった体が、じわじわと温かくなっていく。

救急車のサイレンが遠くに聞こえ始め、俺はそのまま意識を手放した。

入院先で目を覚ましたとき、隣にいた彼女に、あの異常なまでの手際の良さについて尋ねた。
彼女はしばらく黙っていたが、突然、涙をこぼし始め、ぽつりぽつりと語り出した。

——私は小さい頃から、何度も同じ夢を見てたの。
夜の山道で、車がカーブを曲がりきれずに落ちて、男の人が死ぬ夢。
何度見ても、どうしても救えなかった。だから、ある時から助手席の視点に変えたの。

私が横にいれば、助けられるかもしれないと思って。
夢の中で何を持っていれば良いか、何をすれば良いか、何度も何度もシミュレーションした。

その男の人が、ある日駅前にいた。
夢の中でしか知らなかった横顔が、現実の光の中にあった。
……怖かった。頭がおかしくなったのかと思った。でも、もしあの夢が現実になるなら、声をかけなきゃ一生後悔するって、思った。

涙声でそう言った彼女を、俺は何も言わずに抱きしめた。

好きになった。確かに最初は戸惑っていたが、俺も、本気で好きになっていた。
この人と離れてはいけない。そう確信していたのは、理屈じゃなく、どこか深い場所で決まっていたことのようだった。

その後、結婚した。
一年後に子供ができた。

娘が二歳になったある日、家族でピクニックに行った。
草むらの向こうを、左右にちょんちょんと三つ編みにした娘が駆け回っていた。

雷に打たれたような衝撃を受けた。
あの光景は、間違いなく俺が子供の頃に繰り返し見た、あの「夢」だった。

妙に幸福で、理由もなく懐かしかった、あの夢。
俺は長い間ずっと勘違いしていたのだ。あれは“未来”だった。
言葉にできない幸福感、それは、父親になった俺が、自分の娘を眺めるときの幸福感だったのだ。

この娘に出会うために、あの日あの女と出会い、事故で死なずに済んだ。
いや、きっとあれも“夢”の続きだったのだ。彼女と俺、それぞれが見ていた夢の。

今でも時折思う。
あのナンパの日、俺がヘッドフォンを外さなかったら?
彼女が声をかける勇気を持たなかったら?

俺は、死んでいたのだろうか。
この子は、生まれていなかったのだろうか。

そう思うたび、背中に冷たい何かが這い上がる。
けれど、確かなことがひとつある。

俺の人生は、あの日、完成したのだ。

[出典:676 :本当にあった怖い名無し:2019/03/23(土) 16:28:10.39 ID:zzIxWD7h0.net]

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