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誕生日の前日 rw+2,782

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父は若い頃、遠洋航路の船に乗っていた。

港に着くたび、ひとりは船に残る決まりだった。
その日残ったのは、少し頭が弱いと陰で言われていた男だったという。

夕暮れ、桟橋の向こうから老人が現れた。
裸足で、ぼろをまとい、灯りに照らされても顔の輪郭がはっきりしなかったらしい。

「何か食べさせてはもらえんかのう」

男は自分の分の飯を差し出した。
飯と味噌汁と焼き魚。
老人は最後の一粒まで食べ、空になった椀を見つめたまま、男の肩に手を置いた。

「お前は――」

そこから先は、誰も覚えていない。

ただ、その日を境に、男の暮らしは変わった。
仕事を替え、商売を始め、気づけば広い家に住んでいた。
港町では珍しい洋館だったという。

父が再会したとき、男は笑っていた。
けれど、目だけがどこか遠くを見ていたらしい。

「長くは続かん」

それだけ言った。

数年後、家も財産も、家族も消えた。
理由は曖昧だ。
事故とも病とも噂されたが、はっきりしない。
ただ、あの夜のことを思い出すと、男は必ず口を閉ざしたという。

――

祖父の若い頃にも、似たことがあった。

戦後すぐ、商売で当てた祖父の家に、同じような老人が来た。
髪も髭も伸び放題で、足元はひび割れていた。

「何でもいいから、食べるものを」

祖父は台所で炊き立ての飯を出した。
老人は静かに食べ、立ち上がると、家の奥をじっと見つめた。

「……この家は、覚えておく」

祖父は意味がわからず追い返した。

一週間後、家は焼けた。
原因はわからない。
火元も、出火の時刻も、曖昧なままだった。

祖父はその後、何をしても歯車が噛み合わなくなった。
商売は崩れ、借金だけが残った。

――

父の同僚の男と、祖父の家を訪ねた老人。
年も姿も、声も似ていたという。

だが、誰も正体を言い当てようとしなかった。

なぜなら、二つの家には共通点があったからだ。

どちらも、老人が来る前から、妙に順調だった。
どちらも、老人に会う前から、どこか浮いていた。
そして、どちらの家も、その後、急に静かになった。

私は港町を歩くとき、背後に気配を感じることがある。
振り返らないようにしている。

だが、思い出す。

父が最後に言った言葉を。

「あの老人はな、呼ばれた家にしか現れんのや」

誰が呼ぶのかは、聞かなかった。

ただ、最近になって気づいた。

父はあの話を、決まって私の誕生日の前日にする。

そして今年も、もうすぐその日が来る。

[出典:384 :可愛い奥様@\(^o^)/:2014/08/07(木) 08:33:18.22 ID:4JyKYAWk0.net]

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