地元で結構有名な物件なのですが、5階建てで築15~17年ぐらいの3DKのマンションの303号で、30代後半の水商売の女が自殺しました。
原因や自殺の方法はわかりませんが、大家がその後風呂場を改装したというのを聞いたので、風呂で手首でも切ったのでしょう。
まもなく302号室の人が引っ越していき、304号室の人も越していきました。
その後うちの会社で304に客付けしたのですが、そこの奥さんが半年もしないうちに亡くなってしまいました(多分偶然だと思いますが……)
変な噂はあっという間に広まります。
夜人影が見えるだの、3階にはいると死ぬだの、とうとう3階に入居者がいなくなってしまいました。
馬鹿な話です。大家大迷惑。
しかしここからがなかなか面白いのですが……
近所のすし屋の新米が、すしとうなぎの白焼きの出前を受けて届けたそうです。
チャイムを押すと女性の声で「はーい」と返事があり、部屋の前で待っていたがなかなか出てこない。
痺れを切らして「すみませーん」と声をかけると、すりガラスのすぐ向こうに女の姿がある。
新米君は変なとこきちゃったなーと思いつつ、その場ですし屋に電話したそうです。
大将にその状況と場所を伝えると「すぐに戻って来い!」といわれすし屋に帰ったそうです。
そうです、その部屋は問題の303号。
すし屋の大将はそのビルの3階に人がいないのは当然知っていましたが、出前の場所なんか詳しく聞かないので新米君の話を聞いてゾッとして呼び戻したそうです。
すしと白焼きの組み合わせも生前その女がよく出前で取っていたそうです。
当時私も20代前半で若かったのも手伝って、よせばいいのに新米君ともう一人連れを連れ、3人で深夜303にはいってみようということにしてしまったのでした。
(当時事務所に3階のカギが幾つかあったのです)
すし屋で盛り上がった日の二日後、新米君の仕事上がりを待って深夜1時に3人(私と連れ、そして新米君)でマンションに向かいました。
うちの会社では鍵の管理などあってないようなものなので鍵の持ち出しも楽勝です。
一応、懐中電灯を1つ、霊は鉛が苦手だというのがつれの自論で、彼が用意してきた鉛の板を細長くきった短剣風のもの、(こんなことばかりやってる奴だった)そして逃げるとき財布などを落とすといけないので、そういうものはすべて車において臨戦態勢で望みました。
このマンションは5階建てですがエレベーターがありません。
※今は5階建てなんかだと必ずエレベーターをつけなくちゃいけないんですが古い建物にはないものが結構あった。
階段をのぼって3階に出ました。
3階フロアはたまに怖いもの見たさの奴らが冷やかしに来ていたようですがさほど荒れてはいませんでした。
階段際の壁についている電灯のほかには明かりはありません。
新米君は出前のときのリアルな体験を思い出してしまったらしくかなり及び腰になっています。
私も夜中に見る303のドアのすぐ向こうに女がいるのでは、と思うとかなり近づくのに抵抗がありました。
3人でやばいよ、やばいよ、とかいいながら303号の前まで来ました。
つれが「この覗き穴から向こうから覗いてたらこええな」なんていうものですから、もう3人とも覗き穴付近をまともに見れません。
とりあえず気を取り直してチャイムを押してみることにしました。
誰が押すかでもめました。
2人は当然言い出しっぺで不動産業者の私が押すべきだと言い張ったのですが、どうしても嫌だったので、霊に遭遇するためには新米君が出前したときと同じようにチャイムを押して声をかけるべきだ、と言ったあとで、「うあーこえーこといっちゃったー」と後悔するようなことを提案してしまったのでした。
これには二人も反論できなかったらしく、新米君にすべてが任されることになりました。
意を決してとうとうチャイムを押しました。
『ピン・ポーン……』
無人のフロアにチャイムの音が響きます。
……変化なし。
つれにつつかれて新米君が口を開きます
「……寿司屋でーす……出前をー……」
とても小さな声。
んなもん聞こえるか。と3人とも思いましたがそれ以上要求しませんでした。
しばらくしても何も起こりません。
3人ともほっとしつつ次の段階、ここからが本番、鍵を開けて中に入るのです。
当然それは私の役目、逃げるわけにはいきません。
ポケットから鍵を探り出し鍵穴に近づけそこで二人に目で確認すると、二人とも力強くうなずきました。
ああコイツラとは長い付き合いになりそうな気がする……
と考えながら鍵を挿し込み、カチャリと開錠し鍵を引き抜きました。
ノブに手をかけドアを軽く少しだけ開こうとしたら動きません。
どうやら長い間開けていなかったため縁が錆びているようです。
厄介なことになりました。結構な力を入れて開けないとなりません。
ぐっとドアを引くとズズッとドアが開くようです。
ぐいっと引くと、ドアが開きましたが直後に『ガシャン』とすごい音とともにドアが引っかかりました。
「ひっ……チ、チェーンかかってる……」
なんと、ドアの内側からチェーンがかかっていたのです!
もう十分でした。
私たちは口も聞かずに階段を駆け下りると、車に乗りその場を離れました。
鍵を閉めてくるのを忘れましたがどうでもよかったです。
新米君は翌日熱が出てすし屋を休んでしまったようです。
私はもうその物件を斡旋するのはさすがにいやになり、その後一度も行っていませんが、かの業者が3階に何人か外人を入れたという噂を聞きました。
後からすし屋で聞いた話ですが、あの後も『すしと白焼き』の出前の注文が2回ほどあったそうです。
あの部屋から……
(了)