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小料理屋の特等席 r+4116

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叔父が営む居酒屋は、カウンターだけの小さな店だった。

学生時代、手伝いをしていた俺は、常連の一人に特別な印象を抱いていた。七十代の小菅さん。真っ白な頭が特徴的で、いつもカウンターの奥の席で静かに飲んでいた。

彼は物書きの経験があるとかで、口調に少しクセがあり、他の客とは深く関わろうとしない人だった。それでも俺にはよく話しかけてくれ、古い時代の話や、興味深い逸話を語ってくれた。

三年前に奥さんを亡くしてから、ほぼ毎日通い続けた店。そんな彼が、ある日を境に突然姿を見せなくなった。

叔父はさして心配する様子もなく、「前にも急に来なくなったことがある」と言った。「他の客が気に入らないとか、そういう理由だったと思う。ほとぼりが冷めたらまた来るだろう」と。

それでも気にしていないわけではないのだろう。ふとした時に小菅さんの話を持ち出し、開店前には「小菅さん来るかもな」と独り言のように言うのを聞いた。

ある日のこと。叔父に頼まれてスーパーへ買い物に行き、戻ってきた時だった。自転車を止め、ふと店内を覗くと、カウンター奥に確かに小菅さんが座っていた。久々だな、と思いつつ店内に入ると、叔父が一人で仕込みをしているだけだった。

「あれ?小菅さん、いないの?」と聞くと、叔父は怪訝そうに首を振った。「まだ誰も来てないぞ?」

窓ガラス越しに見たのは何だったのか。その瞬間だけ胸にざわつきが走ったが、叔父は「誰か通りがかった爺さんが映ったんだろ」と笑う。俺もそうかもしれないと思い直し、その場は流した。


それから二週間ほど経ったある日、突然叔父から電話があった。「すぐ店に来てくれ」と。

急いで駆けつけると、店には叔父と六十代くらいの女性がいた。小菅さんの妹だという。その人が言うには、1ヶ月ほど前、小菅さんは自宅で倒れているところを発見され、そのまま病院で亡くなったらしい。

遺品を整理していた妹さんは、小菅さんの日記を見つけたという。そこには、店で飲んだこと、話したことが毎日のように綴られていた。

俺や叔父の名前も何度も出てきていて、「若いのと話すのは楽しい」「店主と飲む一杯は格別だ」と、楽しそうな文章だった。

それを読みながら、叔父と俺は涙をこらえきれなかった。その日は店を閉め、遅くまで二人で小菅さんを偲んで飲んだ。

「小菅さんの特等席、もう誰も使わんようにするか!」と叔父が言い出し、俺も賛成した。それ以来、その席には「予約席」のプレートが置かれることになった。事情を知る常連たちは、席に果物や花を置いていくこともあった。


特等席を封じてから、店には妙な出来事が増えた。

ある日、叔父が憧れていた演歌歌手がふらりと店に現れた。後日には、店が雑誌で「飯が旨い居酒屋」として紹介され、昼営業を再開することになった。かつて試みたが失敗した昼営業が、今では大繁盛している。

ある時、久しぶりに店を訪れた俺は、若い夫婦とその小さな娘がカウンターで食事をしているのを見かけた。娘はまだ四歳くらいだろうか。

「そこに白い髪のおじさんがいるよ!」と、カウンター奥の特等席を指さして言う。

母親が慌てて「すみません、この子、時々変なこと言うんです」と苦笑いしながら謝ると、叔父が興味津々で「どんな人?」と尋ねた。

娘はこう言った。「頭が白くて、笑ってるよ!」

その瞬間、店内の薄暗い照明が突然、眩しいほど明るくなったかと思えば、すぐに元の薄暗い光に戻った。

叔父は「小菅さんしかいねえな、へへへ」と照れ笑いをしていたが、嬉しそうでもあり、怖がっているようにも見えた。

それから、叔父は店の片隅に小菅さんの写真を飾り、開店前に手を合わせて「今日もよろしくな」と声をかけるようになった。

今でも、店は不思議な繁盛を続けている。カウンター奥の特等席には、誰も座らない。その席が、小菅さんの店への愛情を映し続けているような気がしてならない。

(了)

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