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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

拾った日記帳 n+

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それは小学生の頃、夏のはじまりを感じさせる、少しむし暑い日の出来事でした。

朝露に濡れた通学路の脇、誰かが落としていったのでしょうか、一冊のノートが地面に伏せていました。ページの端が少し破れていた以外は、特に変哲もない、ただの学用品のように見えました。

私はそれを、なんとなく善意から拾い上げました。名前は書かれておらず、落とし主を特定できる手がかりもありません。帰宅後、気になって中をめくってみると、最初のページに、見たこともない文字が並んでいました。それは日本語のようでいて、日本語ではありませんでした。

いや、厳密にいえば、「見た目は日本語」なのです。文章のように並んでいて、ところどころ知っている漢字も混ざっているのに、音に変換することができません。口に出そうとしても舌がうまく動かず、筆記しようとしても指先が空回りします。けれど、意味だけが頭の中に染み出すように浮かび上がってきました。

たとえばこんなふうに——
「昨日の私は明日の私。〇〇(たぶん本名)がそれをどう思うのか、私は知りたい」

意味は取れるようでいて、なにを言っているのかよくわかりません。ただ、不思議な感覚だけが、皮膚の内側にべたりと張りついてくるのです。

翌日、学校にその日記を持っていき、友達に見せました。ですが、彼は笑って言いました。「何も書いてないじゃん」と。たしかにページをめくって見せたはずでした。でも彼には、あの奇妙な文字も絵も見えていなかったようです。

そのとき、私は耳元で声を聞きました。背筋が凍るような、しかしどこか澄んだ女の声でした。内容は、あの日記の文字と同じものでした。意味は理解できました。でも、振り返っても誰もいません。

気づくと、自分は自室にいました。窓の外はすでに薄暗く、部屋には静けさが満ちていました。時計を見ると、午後六時ちょうど。しかし、自分の記憶では、ついさっきまで学校の帰り道にいたはずなのです。

胸騒ぎがして、階下のキッチンに母を探しに行きました。母はいつも夕飯の支度をしている時間でした。けれど、そこに立っていたのは、母ではありませんでした。

異様に首の長い女が、背を向けたまま、キッチンのシンクに立っていました。その背中は細く、異様に静かで、どこか滑らかすぎる動きで体を揺らしていました。

そして、女は振り返りました。

目は黒目がちで、真っ黒でした。笑っていました。けれどその笑顔には、筋肉の動きと感情のつながりがありませんでした。

「まだ早いなあ、まだ幼いなあ」
女はそう言いました。たしかに、はっきりと、日本語で。

その瞬間、視界が真っ白になりました。

——目を覚ましたとき、私は草が生い茂る三角形の土地に倒れていました。そこは、あの日日記を拾った通学路のすぐ脇でした。朝の光がまぶしく、鳥の声がどこか遠くに聞こえていました。

私は泣きながら、近くの自宅へと走りました。玄関を開けたとき、家の中は静まり返っていました。そして、リビングには家族が全員そろって座っていて、誰もが泣いていました。

私は状況がわからず、ただぼんやりとその場に立ち尽くしました。

あとで聞いたところによると、私は一週間、行方不明になっていたのだそうです。警察にも届けが出され、地域での捜索も行われていたとのことでした。しかし、自分が目を覚ましたのは、家から徒歩数分の場所でした。通学路沿いで、車通りも多い大通りのすぐそば。そんなところで誰にも見つからなかったというのは、到底信じがたいことでした。

あの日記は、もう手元にありません。どこに行ったのかもわからず、誰に聞いても知らないと言います。

ただ、あの女の声と、笑顔と、日記の内容だけが、今でも記憶の奥に澱のように沈んでいます。あれが夢だったのか、現実だったのか、今では確かめようもありません。

けれど、あの文字はたしかにありました。そして、それを読めてしまった自分がいたのです。

後日談

あれから、何年が過ぎたのか、正確には覚えていません。ただ、私は大人になり、別の街で暮らすようになりました。あの通学路も、あの三角形の土地も、今では記憶のなかで静かに風化しています。

けれど、奇妙なことに、日記の文字だけは、今も頭の片隅に残っています。あの書き写せなかった言葉たちは、時おりふいに、夢の中で脈打つように浮かび上がります。声にならない日本語、意味だけが心に流れ込んでくる、不気味で、どこか懐かしい言葉たちです。

ある日の夜、ふと手帳を整理していたときのことです。何気なくページをめくった先に、見覚えのない文字が書かれていました。筆跡は自分のものに見えますが、どうしてもその瞬間、自分が書いた記憶がありませんでした。

「昨日の私と、明日のあなたは、同じ夢を見ていましたか?」
そう書いてありました。

一瞬、胸がざわめきました。これは——あのときと同じです。意味はわかるのに、読んだ感覚がない。手が勝手に動いたのか、あるいは、何かに書かされたのか。頭のなかで、あの女の声が囁くような気がしました。

それから、変なことが起こるようになりました。

エレベーターの鏡に、背後に誰かの影が映る。家の柱時計が、一日に数分ずつ、巻き戻るようにずれていく。朝、目覚めたはずなのに、夜の風景の中に立っている。そんな些細な「違和感」が、生活の端々に染み込むようになっていったのです。

私は、怖くなり、あの通学路をもう一度訪ねてみようと決めました。古い街並みはずいぶんと様変わりしていて、コンビニができ、舗装も新しくなっていました。

けれど、あの三角の土地だけは、なぜかそのまま残されていました。草は伸び放題で、誰の手も入っていない様子でした。空き地というより、なにかに守られているような、不自然な空白でした。

立ち尽くしていると、急に風が吹いて、ポケットの中のメモ帳が地面に落ちました。拾い上げると、開いたページに、またしてもあの文字が書かれていたのです。

「まだ、幼いなあ」

あの言葉が、そこにありました。今度は、確かに自分の手で書いたものではありません。

そのとき、背後でかすかに足音がしました。振り返っても、誰もいません。けれど、かすかに草の揺れる音が遠ざかっていくのが、耳に残っていました。

今では、あれがなんだったのか、説明する術もありません。けれど、私は確かに感じています。あの日記は、どこかでまだ生きている。そして、ときおり私の生活に干渉してきている。

忘れてはいけない何かがあるのです。まだ名前も知らない誰かの声が、私のなかで呼吸している。あの女の言葉が、今も静かに、私の耳の奥に響いているのです。

そして私は、また手帳を閉じ、ページをそっと撫でます。今夜、夢のなかで誰かに会う気がしてならないのです。

[出典:951 :如月:2024/07/05(金) 04:25:20.14 ID:1a04zXev0.net]

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