学生時代、週末になると決まって友人Aの家に集まっては、夜通しゲームや無駄話に耽っていた。
Aの家は二階建てのゆとりある一軒家で、トイレが二階にもあるような造りだった。わたしとA、そしてもう一人の共通の友人B。三人で夜更けまで、たわいもない時間を重ねていた。
Aの部屋は二階にあり、夜も更けて深夜二時を過ぎると、なぜか一階からドアの開閉音や足音が聞こえてくる。バタン、ミシミシ……それは不定期に、しかし確かに毎週のように続いた。誰かがトイレにでも起きてきたのだろうと、当初は特に気にも留めていなかった。
ある晩、なんとなくそのことをAに尋ねた。
「Aのご両親って、遅くまで起きてるんだね」
Aは静かに首を振った。
「いや、もう寝てるよ。とっくに」
この一言に、妙な重みがあった。Aは怪談や霊の話が大の苦手で、冗談で済ますような人間ではない。その夜から、あの音の意味が変わった。
しかも、Bにはその音が一切聞こえていなかった。わたしとAは確かに聞いている。だがBは、まったく気づかずにポテチを食べていた。冗談だと責めたが、Bは不機嫌になるばかりで、たぶん、本当に聞こえていなかったのだと思う。
ある晩、事態は決定的に変わった。
夜中、いつものように音が始まった。そして、階段を上がる足音。ミシ…ミシ…と一段ずつ近づいてくる。三人とも黙りこくった。Bですら、まるで何かを感じたかのように、言葉を失っていた。階段を上りきる音。続いて、二階の廊下に足音。そして——それが、わたしたちの部屋の前で止まった。
ふすま一枚隔てた向こう側から、明らかに何かがこちらを見ていた。視線、というよりも「存在感」が部屋に染み込んでくるような、あの感覚。見えないものに、見られている。そんな圧力が、部屋を満たしていた。
やがて足音は消え、気配もすっと消えた。その後、恐ろしくなってAにも確認できなかった。
社会人になって再会したAに、あの現象がどうなったかを訊いたことがある。Aは言った。
「部屋のピエロの人形、あれを捨てたらパタッと止んだ」
その人形は、カーテンレールにぶら下げてあったマリオネットだったという。フリーマーケットで買ったものらしいが、あの異変の中心にいたのは、どうやらその“ピエロ”だったようだ。
わたしには、あの気配の主が“子供”のように感じられてならない。軽やかで、無邪気で、しかし冷たい何か。もしかすると、人形に取り憑いていた“誰か”が、階段を上ってきたのかもしれない。
そして今でも時々思うのだ。あの夜、ふすまを開けていたら——何がそこにいたのだろうか、と。
[出典:758 :おさかなくわえた名無しさん:2007/01/28(日) 22:39:12 ID:doQc27N9]