小学生の頃、ふざけてやったことが大事になった経験が一度だけある。
十二歳、ちょうどランドセルの卒業を意識し始める年頃。あの年齢の男子というのは、なぜか“怖いもの”に惹かれやすい。理由もないまま、心霊写真を集めたり、こっくりさんに手を出したり、秘密結社ごっこをしたりする。
あの日、朝の渡り廊下の隅で数人の男子が小声で集まっていた。遠目に見ても、ただ事ではない空気が漂っていた。だが、まだ眠かった自分は「まあ、いいか」とその輪に入らなかった。
放課後になって、そのうちの一人——A君が声をかけてきた。「面白い遊びがある」と言う。
“魔界へ行く遊び”。
その響きがやけに生々しくて、「やめとく」と即答しかけたが、A君たちは妙なことを言い出した。この“遊び”は呪いのようなもので、一度話を聞いた者は、最後までやり遂げなければいけない。でないと“大変なことになる”らしい。逃れるには、クリアしたあとに別の誰かに伝えなければならない。
いわゆる“感染型”。チェーンメールのオフライン版。
A君は、「兄が古本屋の近くで拾った怪しい本に書いてあったこと」と前置きし、魔界に行く手順を静かに語り始めた。
まず、目を覚ますと、目の前にドアがある。
ドアだけを見る。他を見てはいけない。右手でドアを開け、閉めるときは左手に持ち替える。
次に現れるのは、薄暗い砂漠。まっすぐ前に進み、絶対に後ろを振り返らない。
足元にスコップがある。拾って、歩く。決して走らない。
異様に盛り上がった砂地に着いたら、そこで穴を掘る。後方に砂が飛ばないように。
30センチほど掘ると、女の人の“きれいな左手”が出てくる。
それを丁寧に持って、前に進むと、いつの間にか元の世界に戻っている。
手順の最後、A君は奇妙な呪文を唱えた。そして「深呼吸を三回しろ」と命じた。言われるままに吸って吐いたあと、突然、両手を組んだA君が自分の胸にドン、と強く手を押し当てた。
心臓が一瞬止まった気がした。まさに肝を冷やすというやつだ。
目を開けると、そこは普通の教室だった。A君は笑って「全部冗談だよ」と言った。
一ヶ月後、担任が深刻な表情で言った。
「最近、危険な遊びが子供たちの間で流行っていて、それで一人の男子が心臓発作で亡くなりました」
心臓が、ずんと沈んだ。その“遊び”は、A君の言っていた手順とほとんど同じだった。
その日の帰り、A君が無言で隣に並んできた。
「……あの遊び、兄が本当に本で読んだんだ。あの本には、“魔界での約束を完璧に記憶した者だけが行ける”って書いてあった」
「じゃあ、亡くなった子は……記憶してたってこと?」
「たぶん。戻ってこれなかったんだと思う。……あまりに怖くて、覚えたこと全部忘れたのかもしれない」
そう言って、A君は遠くを見た。何も見ていない目で。
それ以降、あの“遊び”の話をする者はいなくなった。
でも、たまに夢で砂漠を歩いていることがある。なぜか、手にはスコップがある。
そして——歩いている途中で、絶対に、絶対に後ろを振り向いてはいけない気がする。