中学一年の最初の定期テストだった。
教室の空気は独特だった。鉛筆の芯が紙を擦る音と、鼻をすする音と、窓の外から聞こえる体育の笛の音が、奇妙に混ざり合っていた。緊張しているはずなのに、どこか現実感が薄い。入学してまだ二か月、制服も教室も、自分の居場所だという実感が追いついていなかった。
一時間目は社会だった。地理と歴史が混じった範囲で、暗記中心だと先生は言っていた。問題用紙が配られ、開始の合図が出る。
最初の数問で拍子抜けした。見覚えのある問題ばかりだった。教科書の太字、ノートに線を引いた部分、家で母に確認された年号。鉛筆は止まらず、むしろ急かされるように進んでいった。
気づけば、最後の問題まで辿り着いていた。
時計を見ると、まだ二十分以上残っている。こんなことは初めてだった。見直しをするが、答えは揺るがない。どこをどう読んでも、間違っている気がしなかった。
暇になった。
手持ち無沙汰で、視線が教室を漂う。前の席の女子は眉間に皺を寄せ、斜め前の男子は貧乏ゆすりをしている。窓際の席の誰かは、すでにうつ伏せになっていた。教師は教卓の横で腕を組み、黒板の方を見ている。
ぼんやりしていると、時間の感覚が曖昧になった。時計を見たはずなのに、針の位置が思い出せない。
もう一度、顔を上げて黒板横の時計を見る。
終了まで、あと三分。
心臓が跳ねた。
一気に血が引く感覚があった。さっき見たときは、確かに二十分以上あった。だが、針は容赦なく終わりに向かっている。教室の音が遠のいた。
何かおかしい。
無意識に問題用紙をひっくり返した。その瞬間、頭の中が真っ白になった。
裏面があった。
しかも、半分以上がびっしりと問題で埋まっている。文字の配置も、問題番号の振り方も、表と同じ形式だ。なぜ今まで気づかなかったのか分からない。最初から、そこにあったはずなのに。
鉛筆を持つ手が震えた。
間に合わない。
そう思った瞬間、視界が歪んだ。教室全体が、水の中に沈んだみたいに揺れた。机も人も、輪郭が溶ける。
思わず目をこすり、顔を上げる。
時計が目に入った。
終了まで、あと二十三分。
意味が分からなかった。何度見ても、針は戻っている。さっきまで三分だったはずなのに。心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。
夢だと思った。
だが、問題用紙は裏返ったままだ。裏の問題も、確かに存在している。深呼吸をして、考えるのをやめた。理屈は後だ。とにかく書くしかない。
裏の問題に取りかかる。だが、内容が頭に入ってこない。文章を読んでいるのに、意味が掴めない。見たことのある単語のはずなのに、どこか噛み合わない。
それでも、鉛筆は動いていた。
自分で書いている感覚がない。考える前に、手が勝手に進む。文字を書いているはずなのに、何を書いたのか覚えていない。ただ、空白が埋まっていく。
途中で時計を見る勇気はなかった。
終了の合図が鳴り、教師の声が響いた。反射的に鉛筆を置き、用紙を提出する。席を立つとき、足元がふらついた。
テストが終わったあと、裏のことを誰かに話そうかと思った。でも、教室の誰もそんな話題を出さない。友人たちは点数の予想や、難しかった問題の話をしている。
裏の話など、存在しないかのようだった。
数日後、テストが返却された。
六十二点。
微妙な点数だった。悪くはないが、良くもない。納得できない気持ちが先に立った。あれだけ書いたはずなのに、この点数なのか。
何となく、裏を見た。
解答欄は、すべて埋まっていた。
だが、そこに書かれている文字を見て、息が止まった。
読めない。
アルファベットでもなく、漢字でもない。線と曲線が絡み合った、見たことのない文字列だった。ただの落書きとも違う。一定の規則性があるように見えるのに、意味が掴めない。
それなのに、妙な感覚があった。
知っている。
そう思った。
読めないはずなのに、どこかで見たことがある気がする。いや、見たことがあるどころか、ずっと前から知っていたような、そんな錯覚。
ぞっとした。
自分で書いた記憶はない。だが、他人が書いたとも思えない。筆圧も、癖も、確かに自分のものだった。
教師に聞く勇気はなかった。
それ以来、テストの裏面を見るのが怖くなった。用紙を受け取るたびに、無意識に表だけを確認し、裏は見ないようにしている。
今でも、あの文字が何だったのか分からない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
もしあのとき、残り時間が戻らなかったら。
もし裏の問題に、手を伸ばさなかったら。
あの文字は、どこに行っていたのか。
そして次に現れるのは、本当に紙の上だけなのか。
[出典:241 :本当にあった怖い名無し:2018/06/02(土) 18:39:35.84 ID:+vCjwbSG0.net]