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池の鳥居 rw+4,291-1014

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あれは、結婚して最初の盆休みだった。

嫁の実家へ泊まりがけで帰省したときのことだ。

中国山地の奥深く、地図で見るとただの緑の染みにしか見えない場所だった。最寄りの高速インターを降りてから車で二時間ほど。アスファルトは乾ききらず、苔のような湿り気を帯びていて、それでも集落はまだ人の生活をかろうじて保っているように見えた。

生まれも育ちも大阪で、田んぼといえば郊外の区画整理地に申し訳程度に残ったものしか知らなかった俺には、その風景は現実感が薄く、古い絵本の中に迷い込んだような感覚があった。

翌日、特に目的もなく、嫁と二人で車を出した。ナビは使わず、気分のままにハンドルを切った。道は次第に細くなり、家らしきものも空き家なのか現役なのか分からなくなっていく。田畑は草に覆われ、耕されている気配はなかった。

「もう戻ろ。ほんまに山入ってまうで」

助手席の嫁が言った。

「あー、そやな」

そう答えながら、転回できそうな場所を探して車を進めた。

ほどなく、未舗装の脇道が現れた。斜面の合間にぽっかり開いたぬかるんだ空き地。その先へ続く踏み跡のような道の中央が、わずかに光って見えた。

「なんか光ってへん?」

「池ちゃう?……もうええって、戻ろ」

「ちょっとだけや」

車を進めると、草むらの奥に小さな池があった。二十五メートルプールより少し大きい程度の貯水池で、下の方にコンクリートの水門が見える。山に沈みかけた夕陽が水面に反射して、目を刺すようにぎらついていた。

「すごいな……ちょっと見てくるわ」

「私はええ。ここで待っとく」

嫁はスマホに視線を落とした。俺は一人で池の方へ向かった。

草をかき分けて進むと、池の縁に小さな鳥居が立っていた。腰ほどの高さしかない、黒ずんだ木製の鳥居だ。背後には斜面と暗い水面があるだけで、社も祠も見当たらない。

「……なんやろな、こんなとこに」

鳥居の横を通り過ぎ、池の反対側へ回ろうとしたときだった。

しゃん……しゃん……

耳の奥をくすぐるような鈴の音がした。

風かと思ったが、木々は揺れていない。もう一度、しゃん、と短く鳴る。誰かが近づいているようで、姿は見えない。振り返っても、そこには鳥居と水面しかなかった。鳥の声も、水音もない。沈黙の中に、鈴の音だけが浮いていた。

急に、空気が冷えた気がした。埃のような粒子が混じった、濁った空気に包まれているような感覚。

そのときだった。

ビーーーーーッ!!!!!

突き刺すようなクラクションの音が響いた。

心臓が跳ね上がり、慌てて車の方を見る。嫁が運転席に移り、ハンドルにしがみつくようにしていた。泣き出しそうな顔で、叫んでいる。

「はよ乗って!はよ!!」

駆け戻ると、嫁はドアを引き開け、俺を車内に引きずり込んだ。言葉を交わす間もなく、車は勢いよくバックし、未舗装路から本道へ飛び出した。普段は駐車すら苦手な嫁が、迷いなくハンドルを操り、山道を引き返していく。

道が広くなったところで、ようやく運転を代わった。

「……何があったん」

そう聞くと、嫁は首を振るだけで、しばらく何も言わなかった。

家に戻ってから、時間を置いて、ぽつりぽつりと話し始めた。

俺が鳥居に差しかかる直前、嫁は何気なく顔を上げたという。その瞬間、俺の周囲の空気がぐにゃりと歪んで見えた。陽炎のように、もやもやと立ち昇っていたらしい。

その中に、赤と白の衣装を着た女がいた。透けていて、ガラス越しに見ているようだった。その背後に、黒い塊がいくつも浮かび上がった。

形の定まらない影が、俺の背中に密着するように現れ、ふわりと重なってきたという。

「後ろ……後ろに、いっぱい……」

俺が鳥居の横を通り過ぎた瞬間、それらは形を歪め、まとわりつくように近づいた。吸い込まれるように見えた、と。

「とにかく戻ってきてほしくて……」

だから、クラクションを鳴らしたのだと言った。

その間も、池の方から鈴の音が聞こえていた気がすると、嫁は付け足した。

夕食のとき、義父に「どこまで行ってきたんや」と聞かれ、嫁は笑って適当に地名を答えた。義父も義母も特に気にする様子はなく、「あっちはなんもないやろ」と言っただけだった。

曰く付きの場所でもないらしい。祟りや伝承の話も聞かなかった。

その晩、俺たちは電気を消せなかった。

暗闇に溶け込む、あの黒い影が、まだ車の後ろに貼りついている気がしてならなかった。

翌日、近くの神社で災厄除けの祈祷を受けた。車にもお祓いをしてもらった。終わったあとも、背中の違和感は消えなかった。

今も、特に何も起きていない。

ただ、山道を走るとき、バックミラーを見る癖がついた。そこに何も映っていないことを、毎回確かめてしまう。

あの池は、今も静かに水を湛えているのだろうか。
あの鳥居は、誰を通すために立っていたのだろうか。

俺が見なかったものと、嫁が見てしまったもの。
そのどちらが現実だったのかを、確かめる術はない。

[出典:822 :本当にあった怖い名無し:2016/08/18(木) 14:49:20.22 ID:2y13l3CQ0.net]

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