短編 洒落にならない怖い話

ピッキング【ゆっくり朗読】3167

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数年前の話です。

うちの旦那はトラックのドライバーをやっていて、月の半分以上は家を留守にしています。

その頃長女が生まれたばかりの私は、育児とアルバイト、家事と留守番に追われ、毎日ろくに睡眠も取れず、少しノイローゼ気味にイライラと暮らしていました。

その頃住んでいた所は1LDKの古いタイプのアパートで、隣人の騒音もひどく、それも寝不足とイライラの原因だった。

また、逆に長女の泣き声で周りに迷惑をかけることも多く、夜鳴きが始まると時間に関わらず赤ちゃんをかかえたままアパートの中庭や路地に出てあやしていました。

そんなある日

やはり夜鳴きがひどく、時間は夜の一時前後だったかと思いますが、アパートを出て暗い路地で赤ちゃんを抱えてあやしていました。

あやし始めて三十分もすると泣き止んで寝付きはじめたので部屋へ戻ることに。

赤ちゃんを奥の寝室にあるベビーベッドに寝かせ、自分はリビングの椅子に腰掛けるとあまりの疲れと寂しさから、しばらくぼーっとしてました。

電灯も点けることもせず、牛乳の入ったグラスを片手に、ただ遠くに聞こえるトラックの走る音を聞きながら、街灯の灯りが差し込むだけの暗い部屋でぼんやりとしていました。

するとどこからかキシキシと金属を擦りあわすような音がかすかに聞こえてきました。

最初は気に留める余裕すらなく、表通りから聞こえてくる車の往来の音に混じって雑音程度にしか考えてなかったのですが、あまりにも音が続くことからネズミや虫だったらいけない、と首だけ回して音の元を探し出しました。

音はどうも今自分たちが入ってきたドアの方から聞こえてくるようです。

かといって立ち上がって探しに行く気力もなく、何だろう?とドアの方を見ているとキシキシっと言う音がしばらく続いたあとに、ロックのつまみがゆっくりと回りだしました。

ピッキングだ!!!

さっき入るところを見られたのかもしれない。赤ちゃんと自分の二人だけと言うことを知っているのかもしれない。

心臓が急に強く胸を打ち出しました。

牛乳がこぼれ出すほどグラスを持った手が震えだし、かといって声も出ず、ただただゆっくりと回るつまみを見ていました。

いけない、何かしないと。

焦る気持ちと裏腹に疲れきった体を動かせずに、私はただただゆっくり回り鍵のつまみを見ていました。

そのうちにカチリっ音がして、つまみが完璧に水平に、ロックが完全に外れたことが見て取れました。

あわてて視線だけでチェーンを見ると忘れずにかけていたようで、ほっと息がもれました。

今のうちに椅子から立ち上がって電灯だけでも点ければ退散するかも、そう考えても固まった体は腰を上げることが出来ず、ただ体の震えが増す中ドア見つめていました。

すると取っ手がゆっくりと回り、ドアがじわじわと開きだします。外の灯りが暗い部屋に細く差し込んできました。

私は過呼吸ばりに荒い息を口を押さえて押し殺しながら体の震えを抑えるように脇をしめながら、お願いだからチェーンに気付いて引き返してくれと祈っていました。

ドアがゆっくりと開かれて、しかしチェーンが伸びきったところで止まります。

お願いですから帰って下さい、ここへ入ってもお金も何もありません、私は心の中で顔の見えない侵入者にお願いしていました。

するとその願いを聞き入れたかのように、伸びきったチェーンを確認したところでドアが音もなくゆっくりと閉じられました。

今だ、走っていってもう一度鍵を閉めなくては、私は動かない下半身を持ち上げるようにテーブルにヒジをつきました。

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するとまたドアがすーっと開きました。

ああ、あきらめたんじゃなかったんだ。

私は軽い絶望を覚え、しかし体は動かすことが出来ずにただドアを凝視していると、開かれた隙間から鈍く光る大きなペンチのようなものが差し込まれてきました。

ダメだ、これでは殺されてしまう。

そうだ、赤ちゃんを守らねば、最悪自分はどうなろうと娘だけは何とか。

私は内にたまったパニックと普段の抑圧を解放するように大声で叫びました。

自分はどうなってもいい、近所づきあいなんてどうでもいい、ただ娘のために叫ばなくては。

多分声になってなかったと思います。同時に牛乳の入ったグラスをドアに向かって力いっぱい投げつけました。

グラスは偶然にもペンチに辺り砕け散ってミルクが辺りに飛び散ります。

するとペンチがドアの向こうの持ち主を失ったかのように玄関へ半身を除かせたままゆっくりと落下しました。

そしてドアの向こうで誰かがあわてて走り去る音がし、人の気配がようやくなくなりました…

その後私は玄関のドアへ這いより、ペンチを外へ放り出すと取っ手を引っ張ってドアを閉め、ガタガタと震えていました。

隣の大学生が私の叫び声に驚いたのか途中まで様子を見に来たようですが、ノックをすることもなく引き返していく様子がわかりました。

たとえその大学生がノックをしても私には答える余裕もなかったでしょう。

私は飛び散ったグラスで足を何か所か傷付けながらも、ただただ取っ手を引っ張ってガタガタと震えていました。

一時間はそのままだったでしょうか、平静は取り戻すことは出来そうなかったのですが震えだけは収まり、そうだ警察へ電話せねば、また引き返してくるかもと思い110番へ。

ピッキングにあったことを話すと、ものの数分でサイレンは鳴らさずに回転灯を回したパトカーが駆けつけてくれました。

私は警察官の顔を見てから涙が止まらず、声をおさえて泣き続けました。

泣くと赤ちゃんにまで伝染してしまうと思い、声をおさえて泣き続けました。

ペンチといくつかの工具類がそのままドアの外に残っていたらしく、警察が押収していき、それが後の逮捕に繋がったと聞いてます。

捕まった男はピッキング強盗の常習犯で、余罪には強かん殺人もあったそうです。

(了)

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