むかしむかし、大昔のこと。今から二千年も前の時代に、一人の金持ちがいた。
その金持ちは、美しく、気立ての良い妻を持っていた。夫婦仲は非常に良かったが、小児がなかったため、どうにかして子供を授かりたいと強く願っていた。妻は昼夜を問わず、小児が授かるよう一心に祈ったが、その願いは叶わなかった。
ある冬の日、この夫婦の家の庭に生えていた杜松（ねず）の木の下で、妻が林檎の皮を剥いていた。すると、誤って指を切り、雪の上に血が垂れた。彼女はその光景を見つめ、深いため息をつきながらこう言った。
「血のように赤く、雪のように白い小児が一人いれば、どんなにいいだろう！」
そう言った瞬間、彼女の胸は急に軽くなり、願いが叶う気がした。そして家に戻った。その後、時が経つにつれ、季節が変わっていった。一月が過ぎると雪が消え、二月には新緑が芽吹き、三月には花が咲き始めた。四月には木々が青葉に包まれ、小鳥が歌い、五月には杜松の木の甘い香りが妻を喜ばせた。
そして、六月になると杜松の実が硬くなり、妻はその実を落として食べるようになった。しかし、それと同時に気が沈み、ついに病気になった。八月になると、妻は夫にこう言った。
「もし私が死んだら、あの杜松の木の根元に埋めてください。」
それを言うと、妻は安心したように穏やかになり、九月が過ぎ、十月に入ると血のように赤く、雪のように白い男の子を産んだ。しかし、喜びのあまり彼女はその場で命を落とした。
夫は妻の遺体を杜松の木の根元に埋め、大いに悲しんだが、時が経つにつれて悲しみは薄れていった。そして、しばらくすると再婚し、二度目の妻との間に娘が生まれた。
二度目の妻には自分の娘が生まれた。一方、最初の妻の子供、血のように赤く、雪のように白い男の子は、その継母にとって目障りな存在だった。彼女は自分の娘を溺愛していたが、男の子を見るたびに苛立ちを覚え、夫の財産を娘に全て残したいと思うようになった。その邪魔者が男の子だと考えた継母の心は次第に冷酷さを増していった。
彼女は男の子を目の敵にし、ことあるごとに叱りつけ、打ち、家中を追い回すこともあった。そのため、男の子は常に怯え、学校から帰っても家では安心して過ごせないほどだった。
ある日、継母が二階の小部屋にいたとき、彼女の娘がやってきてこう言った。
「お母さん、林檎をちょうだい。」
「いいわよ。」と継母は答え、美しい林檎を箱から取り出して娘に渡した。その箱は重い蓋と鉄の錠がついた堅固な作りだった。
娘は林檎を手に取りながら尋ねた。「お兄さんにもあげないの？」
継母はその言葉に少し苛立ちを覚えたが、仕方なくこう言った。「帰ってきたらあげるわよ。」
やがて男の子が帰宅するのを窓から見ると、継母の心には悪意が生じた。彼女は娘が持っている林檎をひったくり、「お兄さんより先に食べるんじゃない！」と言って林檎を箱の中に投げ込んで蓋を閉じた。
その後、男の子が家に帰り、扉まで来ると、継母はわざと優しい声でこう呼びかけた。「坊や、林檎をあげましょうか？」
男の子は母の顔を見て言った。「お母さん、何て顔してるんだい？ ええ、林檎をください。」
継母は「じゃあ、一緒においで」と言い、部屋に連れて行った。そして箱の蓋を開けながら、「さあ、自分で一つ取りなさい」と言った。
男の子が箱の中に頭を突っ込むと、継母は蓋をガタンと落とした。その途端、男の子の頭は切り離されて林檎の中に転がり落ちた。継母はその光景を見て恐ろしさを覚え、「どうしたらこの状況を切り抜けられるだろう？」と思案した。
継母は考えた末、居間の箪笥から白い手巾（ハンカチ）を取り出し、男の子の頭を胴体にくっつけてぐるぐる巻きにし、傷が見えないようにした。そして林檎を手に持たせ、椅子に座らせた。
しばらくして、継母の娘、マリちゃんが台所で鍋をかき回している継母のそばに来て言った。「お母さん、お兄さんが扉の前に座って、真っ白な顔をしているの。林檎を持っているからちょうだいって言ったけど、何も答えてくれないの。なんだか怖くなっちゃった！」
継母は「もう一度行ってごらん。そして返事をしなかったら横面を張っておやり」と言った。マリちゃんは再び行ってみた。
「お兄さん、その林檎をちょうだい」と声をかけたが、男の子は何も言わなかった。そこでマリちゃんは横面を張った。すると、男の子の頭が転げ落ちた。その光景を見たマリちゃんは恐怖で泣き出し、泣きながら母のところへ駆け戻った。
「お母さん！ わたし、お兄さんの頭を叩いて落としてしまった！」
マリちゃんは泣き続け、どうにもならなかった。すると継母は冷静にこう言った。
「マリちゃん、どうしてそんなことをしたの！ でも、もう黙っておきなさい。誰にも知られないようにしておくのよ。仕方ない、あの子はスープにしてしまいましょう。」
継母は男の子の遺体を細かく切り分けて鍋に入れ、スープを作り始めた。その間、マリちゃんは泣き続け、涙が鍋に落ちてスープに塩を入れる必要がないほどだった。
やがて父親が帰宅し、食卓に座ると尋ねた。「あの子はどこへ行ったんだ？」
継母は大きな皿に黒いスープを盛り、テーブルに運んできた。マリちゃんは悲しみに耐えかねて、泣き続けていた。父親が再び尋ねた。
「あの子はどこへ行ったんだ？」
「田舎の大伯父さんの家に泊まりに行ったんです。六週間だけ滞在したいと言っていたわ。」と継母は答えた。
「おれに黙って行くなんて、全く困ったもんだな」と父親は言いながらスープを食べ始めたが、その味に驚き、「これは旨いな、もっとくれ！」と言い、一人でスープを平らげてしまった。骨を食卓の下に捨てると、マリちゃんはその骨を拾い上げ、絹のハンカチに包んで庭の杜松の木の根元に埋めた。
マリちゃんが骨を杜松の木の根元に埋めると、急に心が軽くなり、涙も止まった。そのとき、杜松の木がザワザワと音を立て、枝が揺れ、まるで喜びの拍手をするように見えた。すると、木の中から雲が立ちのぼり、雲の中心で炎が燃え上がり、その中から美しい鳥が飛び出してきた。鳥は素晴らしい声で歌いながら、空高く舞い上がっていった。
鳥が飛び去ると杜松の木は元通りになり、マリちゃんが埋めた骨とハンカチもどこかへ消えていた。マリちゃんはすっかり気分が晴れ、兄がまだ生きているように感じられた。そして彼女は家に戻り、夕食を食べた。
一方、その鳥は飛んでいき、ある金工細工師の家の屋根にとまり、こう歌った。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
金工師はその声を聞くと、あまりの美しさに立ち上がり、外へ出て鳥を見た。そして言った。「鳥よ、もう一度その歌を歌っておくれ！」
鳥は答えた。「ただでは歌わないよ。それともその黄金の鎖をくれるなら、歌ってあげよう。」
金工師は承諾し、黄金の鎖を鳥に差し出した。鳥は右足で鎖を受け取り、再び歌った。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
歌い終わると鳥は次に靴屋の店へ飛んでいった。
靴屋の屋根にとまった鳥は、同じ歌を歌い始めた。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
その声を聞いた靴屋は驚き、家の中から妻や子供たち、職人、小僧、女中などを呼び寄せた。皆が集まり、鳥を眺めていると、靴屋が言った。「鳥よ、もう一度その歌を歌っておくれ！」
鳥は答えた。「ただでは歌わないよ。それとも赤い靴をくれるなら、もう一度歌ってあげよう。」
靴屋は妻に命じて店の棚から赤い靴を持ってこさせ、鳥に差し出した。鳥は左足で靴を受け取ると、再び歌った。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
歌い終わると、鳥は再び飛び立ち、今度は水車小屋の方へ向かった。
鳥は水車小屋の近くにある菩提樹の上にとまり、また歌を歌い始めた。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
水車小屋では粉挽きの男たちが作業をしていたが、その歌声を聞いて次第に作業を止め、耳を傾けた。そして一人が言った。「鳥よ、なんていい声なんだ！ もう一度最初から歌っておくれ。」
鳥は答えた。「ただでは歌わないよ。それとも石臼をくれるなら、もう一度歌ってあげよう。」
男たちは相談し、全員で石臼を持ち上げて鳥に渡すことにした。鳥は石臼を首にはめてカラーのように身につけると、再び歌った。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
その後、鳥は杜松の木のある家へ向かって飛び去った。
鳥が父親の家へ戻ってくると、居間では父親と継母、そしてマリちゃんが食卓に座っていた。父親は言った。
「なんだか胸が軽くなったようで、とてもいい気分だ！」
しかし継母は落ち着かず、「わたしの胸はどきどきして、暴風が来る前のような感じがする」と怯えた様子だった。一方で、マリちゃんは隅に座って泣いていた。
そのとき、鳥が家の屋根にとまり、再び歌い始めた。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
父親は鳥の歌を聞いて、「なんていい声なんだ！」と感動し、外に出て鳥を眺めた。そのとき、鳥は黄金の鎖を父親の首に落とした。鎖は父親の首にぴったり合い、とても美しく輝いていた。
父親は家に戻り、嬉しそうに言った。「ねえ！ 見てくれ、この鳥はこんなに綺麗な黄金の鎖をくれたんだ！」しかし、その様子を見ていた継母の胸はますます苦しくなり、倒れてしまった。
鳥はさらに歌い続けた。
「母さんが、わたしを殺した
父さんが、わたしを食べた
妹のマリちゃんが、
わたしの骨を拾って
手巾に包んで、
杜松の木の根元に埋めた
キーウィット、キーウィット、なんて綺麗な鳥でしょう！」
それを聞いたマリちゃんは、顔を上げて涙を拭き、外に出ると鳥が赤い靴を彼女の頭の上に落とした。靴を受け取ったマリちゃんは気分が晴れやかになり、家の中に踊りながら戻ってきた。
「わたし、外に出るまでは悲しかったけれど、もうすっかり気分が良くなった！ 鳥が赤い靴をくれたのよ！」とマリちゃんは言った。
その言葉を聞いた継母は、髪を逆立てて叫んだ。「世界が沈んでいくような気分だわ！ わたしも外へ出て、何が起きるのか見てくる！」
継母が外に出た瞬間、鳥は石臼を彼女の頭の上に落とした。大きな音を立てて石臼が彼女を押し潰し、その場で命を落とした。
その音を聞き、父親とマリちゃんが家から飛び出すと、そこには煙と炎が立ち上っていた。しかし、それが消えると、その跡には初めの妻の子である小さな男の子が立っていた。彼は何事もなかったかのように父親とマリちゃんの手を取ると、三人は家に戻り、食卓に座って一緒に食事をした。
[出典：青空文庫]
⇒ 関連話：My Mother Has Killed Me
