平成四年。当時、高校三年生だった僕は、富山県立山に住んでいた。
桜はほとんど散り、暖かい日だった。受験シーズンが迫る中、僕は特に目標もなくダラダラと過ごしていた。高校卒業後は実家の弁当屋を手伝うと決めていたため、進学に意欲がなかったからだ。周囲の同級生も同じような感じだった。学校のレベルは低く、ガラが悪いのが当たり前だった。僕も髪を茶色に染めていた。
友達の井上と細川は中学からの親友だった。僕たちはいわゆる不良ではあったが、カツアゲのようなことはせず、バイクを無免許で乗ったり、タバコを吸ったりする程度だった。
ある日、細川が「明日遊びに行かん?」と言ってきた。どこに行くのか尋ねると、「村」とだけ答えた。富山には遊べる場所が少なく、あったとしてもパチンコくらい。細川は「肝試しをやろうと思ってる。女子も誘うし」と付け加えた。最初は気乗りしなかったが、女子が来ると聞いて承諾した。井上はかなり乗り気で、「カメラ持っていく」と言っていた。
翌日集まったのは、僕たち三人と女子三人の計六人。電車を乗り継ぎ、約二時間かけて目的地へ向かった。細川によれば、その村には幽霊が出るという噂があるらしかったが、僕たちはそれを真剣には捉えていなかった。肝試しというより、単なるお楽しみ会のような気分だった。
村に着くと、田んぼが広がり、ポツポツと家の明かりが灯っているのが見えた。典型的な田舎の風景だった。行き先を決めずに歩いていると、遠くで人の話し声が聞こえた。それから数分後、女子たちが「なんか気持ち悪い」「歩きたくない」と言い出した。その時は冗談だと思っていたが、僕も次第に目眩や耳鳴りを感じ始めた。
道がアスファルトから砂利道に変わっていることに気づいた。周囲の景色が妙に古く、昭和の村にタイムスリップしたようだった。酒屋らしき建物には「キリンビール」と書かれた古いポスターが貼られていた。家々からはテレビの音や古い音楽が聞こえてきた。その不気味な雰囲気に、誰からともなく「引き返そう」と言い出したが、細川は「もう少しだけ進もう」と譲らなかった。
細川が進む方向に目的があるかのように見えた。彼は右足の義足を引きずりながら進み続け、ある古い家の前で立ち止まった。その家は他の家と違い、明かりが全くなかった。門には「篠原」と書かれた表札が掛かっていた。
庭に足を踏み入れると、女子の一人が「庭から物音がする」と言った。勝手に入っていることに罪悪感を覚え、「帰ろう」と提案しようとしたが、細川が「あっちに行こう」と言い出した。井上は細川に「ふざけんな」と反発したが、女子たちが進んでしまったため、僕たちも渋々後を追った。
庭を進むと、かがんで何かをしている人影を見つけた。それは、花柄の古いワンピースを着た中年の女性だった。肩にかからないパーマの髪型が時代を感じさせた。彼女は右手で何かを振り下ろしており、その動作を繰り返していた。その先には暗闇の中でぽっかりと開いた大きな穴があった。近くに寄らなかったため、中の様子はわからなかった。
突然、井上がカメラのシャッターを切った。フラッシュの光で一瞬だけ穴の中が照らされた。その瞬間、僕は目を疑った。穴の中には無数のバラバラになった人体の一部が詰め込まれていた。手や足、頭皮、髪の毛、血まみれの服などが混在していた。
その直後、細川が突然走り出した。右足の義足を引きずりながら、驚くほどの速さで門に向かって逃げていった。その姿を見て恐怖が一気に押し寄せた。気がつくと、女性がゆっくりと立ち上がり、こちらに目を向けていた。
彼女の顔は、灰色がかった肌に返り血が飛び散り、異常に口端を吊り上げた表情をしていた。半白目の焦点の合わない目でこちらを見つめている。女子の一人が悲鳴を上げたのを合図に、女はナタを振り上げてその子のこめかみを斬りつけた。シュトッという音とともに、彼女はその場に崩れ落ちた。
僕たちは一斉に逃げ出したが、女子の一人が髪をつかまれて引きずり戻された。振り返ると、女が彼女に何度もナタを振り下ろしているのが見えた。恐怖に駆られた僕は見殺しにするしかなかった。
残りの僕、井上、女子一人の三人で必死に走り続けた。先頭を走る女子が明かりのついている家を見つけ、戸を叩いて「助けてください!」と叫んだ。引き戸が開き、彼女は玄関に転がり込んだ。僕も続いて中に入ったが、井上は躊躇したのか、別の方向に走り去ってしまった。
中はオレンジ色の豆電球が照らす和室だった。ちゃぶ台には食事が並んでいるが、人の気配が全くなかった。異様な静けさが漂っていた。女子と顔を見合わせ、「誰もいない」と呟いたその時、ガラガラと音を立てて誰かが戸を開けた。
恐る恐る振り向くと、そこにはあの女がいた。僕たちは押入れに飛び込み、戸を閉めて息を潜めた。しかし、足音が近づいてくる。女の「ほほほほほ……」という不気味な笑い声が聞こえ、僕は全身から脂汗を流した。
やがて音が止まり、静寂が訪れた。その瞬間、「そこかぁ」と戸が開き、血まみれの手が女子の首を掴んで引きずり出した。女子が絶叫する中、僕は恐怖のあまり彼女を見捨てて押入れから飛び出し、そのまま玄関へ走り出た。
女のナタが僕の指を斬り飛ばした痛みを感じながら、僕は必死に走った。背後で女子の叫び声とナタの音が響いていた。走り続ける中で砂利道からアスファルトに変わった瞬間、意識が飛んだ。
次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。通りがかった人が血だらけの僕を見つけ、病院に運んでくれたらしい。家族に連絡がついたのは、僕が意識を取り戻し、自分の名前と住所を伝えてからだった。
警察が動き出し、僕は事件について語った。幽霊が出るという噂の村に行ったこと、景色が変わったこと、ナタを持った女が現れたこと。女子三人と井上が行方不明になったことも話したが、彼らの遺体は発見されず、失踪扱いとなった。唯一生き残った細川だけが、自宅に戻り、事件について口を閉ざしていた。
二日後、細川が病室を訪れ、「助かってよかった」と声をかけてきた。その言葉に怒りが込み上げ、僕は細川を罵った。すると彼は驚くべき事実を語り始めた。
細川は、あの場所に行くのが二度目だと言った。高校入学前、地元の先輩に誘われて肝試しに行き、今回と同じように景色が変わり、ナタを持った女に襲われたという。先輩の一人が命を落としたが、細川たちは命からがら逃げ延びた。
先輩たちの一人はこう言ったらしい。「あの女からは絶対に逃げられない。だが、あの女の存在を知らない人に話せば、自分の命を少しでも延ばせる」。それを聞いた細川は恐怖のあまり、僕たちを犠牲にする形でその呪いを引き継がせた。
彼は右足を失ったバイク事故の瞬間、女の姿を見たとも語った。そして「すまん」と一言だけ言い残し、病室を去った。
退院後、僕はなんとか立ち直ろうとしたが、結局高校を中退し、通信制に通いながら弁当屋を手伝った。一年前、階段から落ちた際、あの女の姿を見た。その後、僕の左足は腐敗し、切断を余儀なくされた。
その経験から、僕は細川と同じ考えに至った。あの女の存在を他の誰かに伝えることで、自分の命を延ばそうと決めた。この文章を書いたのは、少しでも多くの人にあの女の存在を記憶させるためだ。身勝手な行動を許してほしい。
どうか、この話を読んだ皆さんのもとに、あの女が現れないことを祈っている。
(了)
[出典:839 本当にあった怖い名無し 2012/08/20(月) 00:22:19.21 ID:asvh4JmB0]