これは、とある不動産営業をしている知人から聞いた話だ。
15年ほど前、その知人が不動産会社に入社して間もない頃のことだ。彼の会社では競売物件を落札して建売住宅として販売する事業を展開しており、当時も新たな分譲地の候補を確定するために現地調査を行っていた。
その物件は元々、ある大地主の自宅だったが、当主が事業に失敗し、所有不動産を次々に手放す中で最終的に自宅まで差し押さえられた。誰かが亡くなったわけでもないし、特に怨念のような噂もない。ただ、競売に出される物件というものは、少なからず問題を抱えていることが多い。
その日、現地調査には上司も同行していた。その上司は、いわゆる"見える人"だった。不動産業界では意外とそういう人が多く、見える力がある方が商売がうまくいくなどと言われることもあるらしい。その上司が、調査の途中でふと呟いた。
「この土地、ちゃんと挨拶しないと、売れないぞ。」
ちょうど歩いて5分ほどの場所に小さな神社があり、そこに向かうことになった。その神社は、三大社の一つの分社で、周辺住民からも信仰を集めていた。しかし、上司はお参りを終えると首をかしげた。
「ここだけじゃないな。もっと重要な場所がある。」
そう言いながら地図を確認したものの、どこにその"重要な場所"があるのか分からない。仕方なく調査を続けていたところ、分譲地から歩いて10分ほどの場所に広大な畑が広がっているのを見つけた。その中心に、小さな祠がぽつんと建っていた。上司はその祠を見つけるなり、顔色を変えて言った。
「ここだ。絶対ここだ。」
祠の前で、上司は持参していた酒と米を供えるよう指示した。不動産会社では、土地の四隅に撒くための酒と米を持参していることが多い。それを供え、皆で二礼二拍手一礼を行った後、上司は祝詞を唱え始めた。
その場の空気がピリリと張り詰める。知人はその瞬間、自分が何か見えない大きな力に触れているのを感じたと言う。
「これで挨拶は済んだ。もう大丈夫だ。」
上司はそう断言し、その後は周辺住民や役所、地主たちへの挨拶を終え、速やかに物件の解体作業が進んだ。驚くべきことに、その分譲地はすぐに完売したという。若い夫婦を中心に新しい住人が次々と入居し、周辺の住民たちも喜んでいた。知人も、「こんなにスムーズにいくのか」と驚いたほどだった。
しかし、知人が本当に怖いと感じたのは、その後の話だ。
その物件は、競売で非常に格安で落札することができたため、土地代に利益を大きく上乗せして販売しても十分に売れたのだという。不動産業界では、「曰く付きの土地ほど儲かる」と言われることがある。曰く付きの理由が明確であれば、逆に買い手は割り切って購入しやすいからだ。
だが、上司が言った「ここだ」という祠が気になった知人は、後日改めてその場所を訪れ、地元の古老に話を聞いてみた。古老によれば、その祠はかつて土地神を祀っていた場所で、絶対に触れてはならないとされている場所だったという。
「そこは神聖すぎるんだ。あの土地神は気性が荒いことで有名で、怒らせたら最後、災厄が降りかかる。」
古老はそう言い、目を細めた。知人は背筋が凍る思いだった。では、あの日上司が行った"挨拶"はどうだったのか?
疑問を抱えたまま数年が過ぎた頃、その分譲地で奇妙な噂が広がり始めた。ある家族の長男が突然の事故で亡くなり、別の家族は事業が傾き、家を手放すことになったという。さらに、何軒かの家で立て続けに火事が起きた。火事そのものは不動明王の力で災厄を払うとも言われているが、この地域ではあまりにも頻繁だった。
やがて住民たちは次々と引っ越していき、分譲地全体がゴーストタウンのようになった。知人はそれ以上調べることはなかったが、あの祠の土地神が関係しているのではないかという疑念は、今でも心の中にくすぶり続けているという。
「土地神は簡単に手を出していいものじゃない。特に神社や祠がある土地は、絶対に慎重に扱うべきだ。」
知人はそう語り、煙草に火をつけた。その手は微かに震えていた。
[出典:297 :土地神1:2012/08/25(土) 19:01:46.05 ID:a60mQM7D0]