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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

襖の内側 nrw+350-0119

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今でも、あの夜の匂いを思い出すと胸の奥がざわつく。

古い街道沿いの宿に泊まった時のことだ。木造三階建ての大きな建物で、瓦屋根の重みが軋みを孕んでいる。表には「創業三百年」と墨書きの看板が掲げられ、長い時間そのものが空気に溶け込んでいるようだった。館内に足を踏み入れた瞬間、畳に沁みついた燻り香と、床下から這い上がる冷気が鼻を刺した。女将は愛想よく迎えてくれたが、笑顔の奥に影のようなものが沈んでいる気がして、理由もなく視線を逸らした。

その晩は二間続きの部屋だった。薄い襖の向こうに家族が寝て、手前に私が布団を敷いた。古い柱時計が一時間ごとに鈍い音を立て、その振動が梁を伝って宿全体に滲んでいく。眠れずにいると、廊下の奥から水の滴るような音が、一定の間隔で聞こえてきた。やがて尿意に耐えきれず、私は布団を抜け出した。

立ち上がった瞬間、襖の上の欄間から淡い光が漏れているのに気づいた。隣には家族が眠っているはずで、灯りが点いている理由が思いつかない。廊下からの光ではなかった。畳の上に、橙色の揺らぎが静かに広がっている。胸の奥に引っかかる感覚をやり過ごすように、私は襖に手をかけた。

音を立てないように開けた先には、見知らぬ座敷があった。朱の着物をまとった女たちが膝を崩して輪を作り、その中央に男が座っている。男は髷を結い、盃を受け取りながら、こちらに向けて薄く笑っていた。女たちは白粉も塗っていないのに、妙に整った顔をしていて、血の気だけが抜け落ちたようだった。行灯の灯りが揺れ、壁に重なった影が、人数よりも多く見えた。

思わず声が漏れた。次の瞬間、全員が同時にこちらを向いた。時間が止まったように、笑みも動きも消え、数え切れない視線だけが私に集まった。それは人の目ではなかった。何かを確かめるためだけに揃えられた、感情のない凝視だった。喉が塞がり、反射的に襖を閉めた。心臓の音が耳を打ち、立っていられずに膝をついた。

しばらくして、恐る恐るもう一度襖を開けた。そこには布団に沈んで眠る家族の姿があった。欄間の光も消え、障子に月明かりが滲んでいるだけだった。私はその場から動けず、朝が来るのを待った。

翌朝、誰も夜中のことを覚えていなかった。灯りを点けた者はいないと言い、私は黙って頷いた。そのまま宿を出たが、胸の奥の冷えだけは残り続けた。

それから、あの座敷を見る夢を何度か見た。朱の着物の女たちと、中央に座る男。夢の中では、私はもう襖の外にいない。視線を受け止めたまま、どこにいるのか分からなくなる。目を醒ますと、体が重く、しばらく息が整わなかった。

ある朝、鏡の中の自分の首筋に、小さな朱色の痣があるのを見つけた。円形で、触れても痛みはない。ただ、何かに縁取られた跡のように見えた。それは時間が経っても消えず、今もそこにある。

思い出そうとすると、座敷の輪の中に、はっきりとしない空白が浮かぶ。誰の席だったのか、最初から空いていたのか、それとも途中で空いたのか分からない。ただ一つ確かなのは、あの夜以降、私は外から見ていたという感覚を、もう信じきれなくなったということだ。

[出典:343 :本当にあった怖い名無し:2010/08/19(木) 12:14:29 ID:9vd/5FH2O]

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