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中編 r+ 集落・田舎の怖い話

みな殺しの寺事件 r+6,316

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1934年(昭和九年)三月十九日午前零時過ぎ、福井県武生町(現・越前市)にある双竜寺(仮名)で火災が発生。

あの日のことを、どうしても忘れることができない。
武生町の空に黒煙が昇っていくのを見た瞬間から、私の時はあの焼け跡に縫いつけられてしまったのだ。

双竜寺が燃えている、と誰かが叫んだ。私は桶を投げ出して駆けつけた。炎は木造の堂を舐めるように広がり、不動堂とそこへ通じる廊下を残して、ほとんどが炭のように崩れ落ちていった。
立ち尽くす人々の顔を赤く照らしながら、火はひどく美しく、そして不吉に揺れていた。

警察の巡査が慌ただしく走りまわり、住職と家族の姿が見えないと告げた。誰もどこへ逃げたのか知らなかった。
そのとき、巡査が私の家の戸を叩いた。

「清助さん、住職が来ていなかったか」

私は何気なく答えた。
「ああ、さっき『警察に行く』と言って家の前を通っていきましたよ」

それで巡査は納得したように去っていった。けれど、後になって思うと、なぜあんなことを口にしたのか、自分でもわからない。確かに住職の姿など見ていなかったのだから。

やがて焼け跡から遺体が見つかり始めた。女中部屋の布団の中から、ほとんど焼けていない死体。切り傷があり、煙を吸った跡がない。つまり火が回る前に殺されていたのだ。六人分……。
その知らせを聞いたとき、私は身体の芯から冷えていくのを感じた。

番僧だけが行方知れずだと聞き、皆がその男を疑った。だが托鉢をしていたという証拠が揃い、結局は無関係だとわかった。
では誰が? どうして? 問いは夜ごと私を責め立て、井戸の水で顔を洗っても、血のような熱が落ちなかった。

――睦子。
思い出すのは、彼女の笑い声だ。

寺に雇われたばかりの若い女中で、私は初めて声をかけた日を鮮明に覚えている。『涅槃の日』、団子を受け取りながら、つい口が滑った。
「団子も旨そうやが、あんたのお尻の方がよっぽど旨そうやな」
彼女は眉をしかめ、けれど冗談に流して歩き去った。あの軽やかな後ろ姿が、なぜか胸に焼きついてしまった。

以来、私は彼女の影を追うようになった。夜、銭湯から出るとき偶然出会い、そのまま寺の六地蔵の陰に身を潜めたこともある。三十分後、下駄の音が響き、闇に浮かんだ白い足首を見た瞬間、どうしようもなく手を伸ばした。
「何するの、いやらしい!」
手を払われてもなお、私は彼女を鐘楼の影に連れこみ、とうとう一線を越えた。

それからは私の家の離れに通わせ、手紙を送り、会えぬ夜は夢の中で呼び続けた。だが彼女は気まぐれだった。三人もの男から恋文を受け取り、その中に私のものも混じっていた。私だけではない――その事実が、次第に私を蝕んでいった。

事件の夜、私は待ちきれず寺へ忍び込んだ。女中部屋にもう一人の影を見たとき、頭の中で何かが切れた。
「誰だ……誰と寝ている」
問いただすと、睦子は平然と答えた。
「うちの住職や」

その言葉に世界が真っ赤に染まった。私をあざ笑う声が、寺全体を満たしていた。
気がつけば、手には出刃包丁。血しぶきが顔を覆い、悲鳴が木霊した。睦子を、住職を、娘たちを、妻を――次々と倒していった。どこからどこまでが現実だったのか、わからない。ただ殺さねば、すべてを滅ぼさねばならないと、盲いたように動いていた。

井戸水で血を洗い流し、油を撒き、炎を呼んだ。
火に包まれた本堂で、睦子の体を抱きしめた。あの世へ共に落ちようとした。しかし近所の声に我へ返り、私は逃げ帰って布団に潜った。

――ここまで語ったのは留置場でのことだ。
「助けてくれ! 出してくれ!」
夜ごと、六人が血まみれの姿で立ち現れ、門前で私を待つと言った。あまりの恐怖に取り乱し、ついに自白したのだ。

だが後にすべてを翻した。地獄に落ちると看守に言われたその瞬間から、私は否認を貫いた。裁判では無罪となった。
それでも心は解き放たれぬ。誰も信じてはいないだろう。私自身すら、真実が何だったのか確信できないのだから。

……夢の中で今も睦子が呼ぶ。
「殺せるものなら殺してみろ」
あの夜の声が耳の奥で響き、私を追いつめる。

炎と血と、女の笑い。
私は誰だったのか。加害者か、ただの狂人か。それとも――寺の闇に潜む何かに憑かれただけなのか。

答えはもう、煙と共に空へ消えてしまった。

[出典:http://yabusaka.moo.jp/minagorosi-tera.htm @20150922]

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