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赤い小箱 r+3,919

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あれは去年の夏のことだった。

ひさしぶりに田舎へ帰った時、どうにも説明のつかないことに出くわした。
正直に言えば、不思議というより、ぞっとする思い出としていまだに胸に引っかかっている。

父方の実家は、県境に近い山間の集落にある古い家だ。築百年を軽く超えているらしく、軒は低く、柱には無数の釘穴が刻まれ、どの部屋にも煤けた匂いがこびりついている。そこには祖母と伯父夫婦が住んでいて、祖父はすでに亡くなっている。伯父の子供たちは都会に出て別世帯を持っているから、普段は年寄りばかりの静かな家だ。

俺たちが顔を出すのは、盆と正月の年二度。墓参りと大掃除が半ば義務のように組み込まれていて、田舎へ行くとどうしても汗と土にまみれる羽目になる。

その夏も例外ではなかった。
親戚一同が集まって、離れの横にある古い小屋の大掃除をすることになったのだ。
「虫干ししないと、カビに喰われて全部ダメになる」
伯父がそんなことを言って、朝から段取りをつけた。

小屋の戸を開けた瞬間、むっとする空気に圧倒された。長年閉じられてきた湿気と埃と獣臭がまざり合った、どろりとした匂いだった。中には古びたトースターやら農機具やらマッサージ機やら、昭和の遺物みたいなものが所狭しと積み上げられていた。外に引っ張り出すと、炎天下の陽に照らされてひどく場違いな光景になった。

「これ、まだ使えるんじゃないか」
「いや、危ないよ。コードがボロボロだ」
親戚同士でそんな会話を交わしつつ、結局はほとんどゴミ袋行きになった。

そうやって荷物を運び出していたときだ。
段ボールの山の奥から、やけに重たい箱が出てきた。テープも剥がれ、黄ばんだ外装は今にも崩れそうだったが、中には布のような和紙にくるまれた丸い物が入っていた。

紙をほどくと、中から姿を現したのは直径十五センチほどの透明な玉だった。水晶玉と呼ぶのがふさわしいほど澄み切っていて、太陽にかざすと向こうの景色が歪んで見えた。

「なにこれ……」
誰かが呟くと、祖母が寄ってきて「昔からあるんだけどねえ。じいさんも結局なんだかわからなかったのよ」と言った。

「売れば高いんじゃない?」
「いや、ガラス玉じゃないか」
そんな冗談交じりの会話が続き、玉は結局ダンボールごと荷物の上に置かれた。

ところがしばらくすると、空の様子が一変した。厚い雲が流れてきて、雷鳴とともに大粒の雨が落ちてきたのだ。慌てて皆で外に出していた荷物を屋根の下に運び込んでいた時、誰かの肩が当たり、その玉を入れた段ボール箱が地面に落ちた。

「やばい!」

駆け寄って覗き込むと、玉は真っ二つに割れていた。まるでスイカを落としたかのように、鮮やかにぱっくりと。
そして、その割れた中心から、思いもよらぬものが現れた。

それは五センチ四方ほどの赤い小箱だった。軽くて、蓋も継ぎ目もなく、漆のような艶をまとっていた。奇妙なのは、傷ひとつないほど完璧な表面だったことだ。

「なんだこれ……?」

俺は息を呑んだ。
どう考えても、その箱は玉の内部から出てきたように見えた。けれど、先ほど透かして見たときには何も入っていなかったはずだ。透明な玉の内部に、赤い物があれば気付かないはずがない。

戸惑いながらも雨を避けるため、その小箱を抱えて屋根のある通路へ移動した。ひとまず荷物をすべて片付け終えてから、皆で家の中に入って雨宿りをした。茶を飲み、菓子をつまみ、いつの間にか笑い声まで出ていた。だが心の片隅には、あの赤い箱のことが引っかかり続けていた。

一時間ほどして雨は止み、再び作業を始めようと外へ出た。俺たちは自然と玉の割れた場所に集まり、あの小箱を確かめようとした。

だが、そこには何もなかった。
段ボールは空で、和紙の切れ端とわずかな破片だけが残されていたのだ。

「おい、誰か持ってったのか?」
「いや、俺は知らん」

親戚たちが口々に言い合った。
荷物の山を探しても、縁側を覗いても、小箱は見つからなかった。

その時、ふと足元に違和感を覚えた。
コンクリートの通路に、泥の足跡が点々とついていたのだ。

小さな裸足の足跡。
庭からこの通路を抜け、ちょうど玉を置いていた場所まで続いていた。

「子供……?」

誰かが呟いた。だが、この家には小さな子供はいない。伯父の孫たちは来ておらず、近所の子供がこんな雨の中で裸足のまま入り込むことも考えにくい。

ぞわりと背筋を這うものがあった。
皆も同じ思いだったのだろう。あたりが一気に静まり返り、誰も口を開こうとしなかった。

やがて祖母が「今日はもう終いにしよう」と言い出し、残りの掃除は適当に切り上げることになった。そのまま墓参りに行き、夕方には酒を酌み交わし、取り留めのない話をして夜が更けていった。

けれど、俺の頭の中では、赤い小箱のことがぐるぐると渦巻いていた。
水晶玉のようなものに封じ込められていたのか、あるいは最初から俺たちの目を欺いていたのか。透明な玉の中にあったはずなのに、見えなかった理由が分からない。

都会に戻ってから、屈折や光学的なトリックを調べてみた。だが、そんな風に完璧に中身を隠す現象は存在しなかった。検索すればするほど、理屈が追いつかないことを思い知らされた。

そして、もうひとつ、今になって思い出したことがある。
あの足跡は、行きのものしかなかったのだ。庭から通路を通って段ボールのところまで、小さな裸足の足跡は確かに続いていた。だが、そこから帰った形跡はどこにもなかった。

足を拭いたのか?
それとも、自分の足跡の上をなぞるように戻ったのか?
いや、もっと別の方法で……。

考えるたびに、胸の奥が冷たくなる。
あの夏の出来事は、今でも夢のように現実味がないのに、足跡の光景だけはやけに鮮明に焼き付いている。
あの赤い小箱がどこへ消えたのか、そして誰がそれを持ち去ったのか――俺はいまだに答えを見つけられないままでいる。

[出典:153 :本当にあった怖い名無し:2013/08/28(水) 23:12:36.36 ID:nO5e6j5y0]

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