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お狐様が守る夜 r+2,459

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以前、活力あふれる虚弱体質の母の身に降りかかった怖い話を書いた者です
→ vibrant-frail-mother

今年の七月、諸事情あって私は実家へ戻った。けれども、あの夜のことを思い出すたび、どうしても胸の奥がざわつく。ここで語るのは、四年前、初めて実家を離れてアパートに住み始めた時の出来事だ。

引っ越したのは八月、夏の盛りだった。私が選んだアパートは北欧風のかわいらしい外観で、二階建てだがドアはすべて一階についていて、二階の住人は扉を開けてから内階段を上っていく造りになっていた。南側には窓が広がり、北のドアを出ると一面の田んぼ。風が稲穂を波立たせる、のどかな風景に囲まれていた。

引越しの当日、私は両親に手伝ってもらいながら汗だくで荷物を運び入れていた。冷房はまだ使えず、家具もそろわない。玄関を開け放ち、冷たいウーロン茶をあおって休んでいた時、背後から声をかけられた。

「どちらさん?」

振り返ると、私より少し年上らしい女性が立っていた。手は私の部屋の上に続くドアノブにかかっている。慌てて立ち上がり、自己紹介をした。彼女は井上と名乗った。三年ほどここに住んでいるらしく、近所のスーパーや住人のことまでよく知っている。炎天下の立ち話に正直早く切り上げたかったが、印象を悪くするわけにもいかず、私はしばらく耳を傾けた。

やがて井上さんがふと声を潜めた。

「そういや、前にここに住んどった斉藤さん、なんで引っ越したんか知っとる?」

私はぽかんと口を開けただけだった。何も知らなかったからだ。井上さんは少しだけ笑い、「知らんならええわ」と濁して去っていった。その言葉が妙に耳に残った。

三日ほどかけて荷解きは終わり、両親が帰った夜、私は初めて一人でアパートに眠った。心細さを紛らわせるために枕元の“お狐様”を手繰り寄せた。祖母がくれた白い狐のぬいぐるみ。二十年以上大事にしてきた私のお守りのような存在だった。抱きしめると不思議と安心できた。だからその夜も胸にぎゅっと抱いて眠った。

深夜、突然目が覚めた。気持ち悪い。吐き気が込み上げ、布団が暑苦しくまとわりつく。起き上がろうとしたが、体が動かない。目も開けられない。指一本すら動かない。金縛りだと気づいた。生まれて初めての体験で、嬉しいどころか必死だった。吐きそうで、このままでは布団を汚してしまう。何とか指を動かそうと集中した。必死の末、右手の人差し指がかすかに動いた。

その瞬間、音が消えた。アパートの夜を満たしていたかすかな虫の声も、風の音も、何もかも。耳に飛び込んできたのは、低く濁った声だった。

「おぉおおおまぁあええぇえぇえがあああぁぁぁ……」

地の底から這い出すような男の声。枕元から耳元をかすめ、戸口へ抜けていった。心臓が跳ね上がる。恐怖で硬直しながら、心の中で必死に毒づいた。

「お前がって、なんですか……私に何の用なんですか……」

声に出す勇気はなかった。代わりにお狐様を抱きしめようとした時、気づいた。腕の中にいない。はっと布団を跳ね除け、電気をつけた。恐怖もあったが、それよりお狐様がいなくなったことが怖かった。必死で探すと、枕元にきちんと座っていた。最初からそこにいたかのように。寝ぼけて戻したのかもしれない。けれど、その時私は「自分で戻ったのかも」と思ってしまった。お狐様だから、あり得るだろう、と。

次の日、仕事でくたびれ果てて帰宅し、風呂に入ってすぐ布団に潜り込んだ。再び深夜、意識が浮上した。今度も金縛り。だが吐き気はなく、私は観念してじっと横たわっていた。しばらくして、再び音が消えた。そして、枕元から響いた。

「ィギャアアアアアオオオオオオアアアアア!」

猫が喧嘩する時のような、刺すような声。金縛りは解け、私は跳ね起きて電気をつけた。そこには目覚まし時計と、お狐様がいるだけ。静まり返った部屋にただ心臓の音が響いていた。お狐様をぎゅっと抱きしめ、再び枕元に戻して眠った。

その後、金縛りに遭うことはなかった。あの男の声も、あの猫の叫びも二度と聞かなかった。だが今でも思う。あの声に立ち向かってくれたのは、きっとお狐様だったのだと。私の代わりに威嚇し、追い払ってくれたのだと。

後日、郵便受けにNHKの徴収票が届いた。宛名は「斉藤」。前の住人だ。大家に問い合わせると、返ってきた答えに背筋が冷たくなった。斉藤という人は失踪したのだという。夜逃げか、事件に巻き込まれたのか、今も行方不明だと。

夏の真っ只中に体験したあの夜は、私にとって今も真冬のように冷たい記憶のままだ。

[出典:636 :本当にあった怖い名無し:2011/12/15(木) 19:16:06.95 ID:XzDmAift0]

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