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音が消えた夜 rw+2,757-0120

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以前、活力あふれる虚弱体質の母の身に降りかかった怖い話を書いた者です
→ vibrant-frail-mother

今年の七月、諸事情あって私は実家へ戻った。

けれど、夜中に目を覚ますたび、あのアパートの静けさがふいに蘇る。音が消え、声だけが残る感覚だ。ここで語るのは、四年前、初めて実家を離れて一人暮らしを始めた頃の話である。

引っ越したのは八月、夏の盛りだった。北欧風と謳われた小さなアパートで、二階建てだがすべての玄関は一階に並んでいる。二階の住人はドアを開けてから内階段を上る造りだった。南側には大きな窓があり、北側の玄関を出ると一面の田んぼが広がっている。風が吹くたび、稲穂が波打ち、昼間はのどかで、夜は妙に静かな場所だった。

引っ越し当日、私は両親に手伝ってもらいながら荷物を運び込んでいた。冷房はまだ設置されておらず、汗が止まらない。玄関を開け放ち、段ボールの山に囲まれて冷たいウーロン茶を飲んでいた時、背後から声をかけられた。

「どちらさん?」

振り返ると、私より少し年上に見える女性が立っていた。彼女の手は、私の部屋の上階へ続くドアノブにかかっている。慌てて立ち上がり、引っ越してきたばかりだと告げると、彼女は井上と名乗った。三年ほどここに住んでいるらしく、近所のスーパーや住人の顔ぶれまで、こちらが聞いてもいないことを次々に話した。炎天下の立ち話は正直きつかったが、最初から無下にするわけにもいかず、私は相槌を打ち続けた。

しばらくして、井上さんは声を落とした。

「そういや、前にここ住んどった斉藤さん、なんで引っ越したか知っとる?」

私は何も答えられなかった。知らないと告げると、井上さんは少しだけ口角を上げ、「知らんならええわ」と言って踵を返した。その言い方が、妙に耳に残った。

数日かけて荷解きが終わり、両親が帰った夜、私は初めて一人でその部屋に眠った。心細さを紛らわせるため、枕元に白い狐のぬいぐるみを置いた。祖母からもらって以来、二十年以上手放さずにきたものだ。子供の頃から、なぜかそれを抱いていると眠れた。その夜も、胸に引き寄せて目を閉じた。

深夜、突然意識が浮上した。吐き気がこみ上げ、布団が異様に重く感じられる。起き上がろうとしても、体が動かない。目も開けられず、指一本すら言うことをきかなかった。金縛りだと気づいた瞬間、焦りが一気に膨らんだ。このまま吐いたらどうしようと、どうでもいい考えが頭をよぎる。必死で力を込め続け、ようやく右手の人差し指がわずかに動いた。

その瞬間、音が消えた。虫の声も、風の気配も、空調の微かな唸りも、一切が断ち切られた。代わりに、低く濁った声が耳に流れ込んできた。

「おぉおおおまぁあええぇえぇえがあああぁぁぁ……」

男の声だった。枕元から始まり、耳元をかすめ、戸口の方へと引きずるように遠ざかっていく。声が何を言い切ろうとしていたのかは分からない。ただ、途中で止められたようにも聞こえた。恐怖で体が固まり、私は心の中で言葉を返していた。なぜ私なのか、何を求めているのか。けれど答えは返ってこなかった。

腕の中に何もないことに気づき、背筋が冷えた。狐のぬいぐるみがいない。金縛りが解けた瞬間、私は飛び起き、電気をつけた。部屋の中を必死に見回すと、ぬいぐるみは枕元に座っていた。最初からそこにあったかのように、きちんと正面を向いて。自分で戻した記憶はない。それでも、その時の私は「そういうこともある」と思うことでしか、気持ちを落ち着かせられなかった。

次の日、仕事で疲れ切って帰宅し、風呂に入るとすぐ布団に潜り込んだ。深夜、再び意識が浮かび上がる。今度も体は動かない。だが吐き気はなく、私はただ天井を見つめるつもりで目を閉じていた。

やがて、また音が消えた。そして、枕元から裂けるような声が響いた。

「ィギャアアアアアオオオオオオアアアアア!」

猫が喧嘩する時のような、鋭く湿った叫び声だった。悲鳴なのか、怒号なのか分からない。直後、金縛りは解け、私は跳ね起きて電気をつけた。そこにあったのは、目覚まし時計と、枕元の狐のぬいぐるみだけだった。静まり返った部屋で、心臓の音だけがやけに大きく響いていた。

それ以来、金縛りに遭うことはなかった。あの男の声も、あの叫びも、二度と聞いていない。ただ、夜になると無意識に枕元を確認する癖が残った。ぬいぐるみがそこにあることを確かめないと、眠れなかった。

しばらく後、郵便受けにNHKの徴収票が入っていた。宛名は「斉藤」。見覚えのない名前だ。大家に問い合わせると、斉藤という人物は数年前に突然いなくなったのだと告げられた。夜逃げなのか、事件なのか、詳細は分からないままらしい。

実家に戻った今も、あの狐のぬいぐるみは手放せずにいる。守ってくれたのだと断言できる材料は何一つない。それでも、あの夜、あの声が最後まで言葉を言い切れなかった理由を考え始めると、別の可能性が浮かんでしまう。呼ばれていたのは、あれだけではなかったのではないかと。

静かな夜ほど、その考えははっきりと形を持ち始める。

[出典:636 :本当にあった怖い名無し:2011/12/15(木) 19:16:06.95 ID:XzDmAift0]

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