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夢日記の余白 r+1,989

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当時、私は高校生で、なぜか「夢日記」というものにのめり込んでいた。

目が覚めるたび、あるいは通学のバスの中で、まだ寝ぼけた頭のまま、メモ帳に夢の内容を書きつける。それが妙に楽しかったのだ。

不思議とよく見ていたのは、自分がサラリーマンの男になっている夢だった。現実では制服を着た女子高生である私が、夢の中では中年男性として、スーツを着込み、書類を抱えて仕事をしている。そのギャップがあまりに可笑しく、目が覚めるとくすくす笑いながら記録を残す。そんなことを繰り返していた。

最初の頃は夢の断片を掴み取るのに必死だったけれど、日が経つにつれ、夢は妙に具体的で、現実味を帯びてくる。デスクの上に積まれた資料の匂い、パソコンの冷たいキーボードの感触、疲れた背中を揉む同僚の大きな手。目覚めてからも残る生々しさに驚きつつ、私は律儀に書きとめていた。

ある日、授業の合間にそのノートを読み返そうと思った。ページをめくると、自分でも判別できないほどの汚い文字が並んでいる。寝起きの状態で書き殴っていたから当然だ。けれど、ふと、一枚だけ異様に整った文字が現れた。

その瞬間、背中を冷たいものが走った。

ノートに記されていたのは夢の内容ではなかった。「今日は友達とカラオケに行った」とか「自販機で買ったジュースがまずかった」とか、取るに足らない日常が、丁寧な筆跡で書かれている。しかも、伊藤園のほうじ茶ラテが美味しかった、なんて具体的な感想まであった。

だが私は、そんなことを一度も書いていない。文字も明らかに私の筆跡ではない。形の整った、几帳面すぎるほど整った字だった。ページをめくる手が震えて、気味の悪さに喉が乾く。

思わずその場でノートを閉じ、教室のゴミ箱に突っ込んだ。もう二度と見たくなかった。

それ以来、サラリーマンの夢も、筆跡のことも、次第に忘れていった。大学に進み、バイトをして、恋をして、気づけば社会人になっていた。

──つい今さっきまでは。

久しぶりにあの夢を見たのだ。私はあの頃のように、スーツ姿の男として机に向かっていた。終わりのない仕事を延々と片付ける。いつもの光景だと、夢の中の私は何の疑問も抱かなかった。だが、ある瞬間、机の上に一枚のメモが置かれていることに気づいた。

そこに書かれていた文字を見たとき、私は凍りついた。

几帳面な、整った字。あのノートに現れた、私のものではない筆跡。

私ははっと気づいた。夢日記のあのページにあった字は、この男の字だ。

その瞬間、強烈な違和感とともに目が覚めた。呼吸が荒く、布団の中で汗にまみれていた。頭の中では混乱が渦巻く。私が夢に見ていたのは「サラリーマンの男」ではなく、どこかで実在している誰かの現実だったのではないか……。

もしそうだとしたら、あの男もまた、どこかで夢日記をつけていたのかもしれない。そこには、私の走り書きの、汚い文字が記されていたのだろうか。

胸が高鳴り、怖いのか楽しいのかわからない感情に振り回される。布団の中で寝返りを打ち、時計を見ると、もう午前二時を過ぎていた。明日は仕事があるのに、眠れそうにない。

再び夢の中であの男に会えるだろうか。それとも、彼が今まさに私の夢を覗いているのだろうか。

そう考えたとき、視界の端で揺れる影を見た気がした。壁に映るシルエットが、どう見てもスーツ姿の男に見える。
目を凝らした瞬間には消えていたけれど、胸の鼓動はしばらく収まらなかった。

あのノートを捨ててしまったことが悔やまれる。もし残っていたなら、もっとはっきりした証拠を掴めたかもしれない。だが逆に、あれを手元に置いていたら、もっと恐ろしいことになっていたのかもしれない。

「胡蝶の夢」――荘子の寓話を思い出す。自分が蝶になった夢を見ていたのか、蝶が自分を夢に見ているのか。私がサラリーマンの夢を見ているのか、それとも彼が女子高生の夢を見ていたのか。

夢と現実の境界は、あまりに曖昧だ。

今こうして文字を打っている私自身も、もしかすると誰かの夢の断片に過ぎないのではないか……そんな考えに囚われる。

瞼を閉じると、暗闇の奥でカタカタとペンを走らせる音が聞こえる。あれは彼が書いているのか、それとも私なのか。もう判別がつかない。

そして、ふとした拍子に、ノートを捨てた日の記憶が蘇る。確かに教室のゴミ箱に突っ込んだはずなのに、あの日から一度も掃除当番がそれを片付けているのを見ていない。いつも他のゴミはなくなるのに、あのノートだけは、不自然に姿を消した。

誰が持っていったのだろう。

私か、彼か。あるいは、どちらでもない、第三の何者か。

今も机の引き出しの奥で、そのノートがぱらぱらと勝手にページをめくっているような気がしてならない。

もし次に夢の中で彼と顔を合わせたら、問いただしてみようか。お前が書いたのか、と。
けれど、そのとき返ってくる答えは「お前のほうこそ」となるのかもしれない。

眠れない夜はまだ続きそうだ。

[出典:353 :本当にあった怖い名無し:2018/10/10(水) 01:24:06.41 ID:JpwfAMWv0.net]

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