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五百回目の悪魔 r+2,665

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部屋に鍵をかけると、無意識に背中で扉を押し返すようにして、その場にしゃがみ込んでしまった。

靴も脱がずに、コンクリートのにおいのする床に座り込んでいた。気づけばまた、泣いていた。

こんなことを、もう何度繰り返していたか。片手じゃ足りない。たぶん両手でも足りない。

失恋というには、あまりに惨めすぎる。だって、何ひとつ始まってもいない。なのに気持ちは、爪を立ててでも終わらせたくないと叫んでいた。会社では同じフロア。向こうは普通に仕事をしているのに、こちらは姿を見るだけで鼓動がずれて、仕事どころじゃなくなる。話しかけられたこともない。たまに視線が合っても、すぐに逸らされるだけ。

――もうダメだな。

そう思ったところで、なぜか心が動かない。確信と感情が一致しない。諦めるには、なにか「決定的なこと」が必要だった。言葉にして「無理だ」と言われるまでは、あきらめちゃいけないような気がしていた。

そんなある夜、ふらっと入った古本屋の奥の棚で、埃をかぶったタロットカードの箱を見つけた。なんの気なしに手に取って、千円札一枚と引き換えに持ち帰った。それが、すべての始まりだった。

タロット占い――なんでも一日一回までと決められているらしい。同じテーマで繰り返し占うと、カードが怒るとすら言われている。でも、そんなことは知らなかった。いや、知っていてもやっていただろう。

どうしても、せめて「ハッピーエンド」が出てほしかったのだ。せめてカードの中の誰かが、「まだ希望はある」と言ってほしかった。

けれど、出ない。出てこない。

バッドエンドばかり。

何百回も、何百日も。仕事が終わって部屋に戻り、部屋着に着替えて明かりを落とし、小さな机の上にクロスを敷き、シャッフルして並べる。無意識のうちに一連の儀式のようになっていた。カードをめくるたびに、何かがすこしずつ削れていくのが分かった。思考の縁がぼやけて、現実と夢の間に薄い膜が張られていく感覚。

確率的には、五回に二回くらいは「良い結果」が出るはずだと、ネットに書いてあった。でも、私は違った。一年半、毎晩占って、ついに一度も、希望のカードが出なかった。

途中から、占いの結果なんてもうどうでもよくなっていたのだと思う。ただ、その行為そのものに依存していた。カードに聞かなければ、夜を越えられない。そんな気がしていた。

深夜、カーテンも閉めず、窓からネオンの赤が差し込むなか、カードを広げる。塔、死神、悪魔、逆位置の恋人。どれもこれも、絵の中の人物がこちらを見て笑っているように見えた。

おかしいのは、カードを引くたび、安心するようになっていたことだ。バッドエンドが出ると、やっぱり、と思ってほっとする。おかしいのに、そこに妙な「納得」があった。おそらくあれは、正気を失いかけていたんだと思う。

気づいた頃には、私はタロットの「答え」に従うようになっていた。連絡を取りたいと思っても、カードが「今ではない」と言えば控えた。朝、会社に行く前にも占って、出てきたカードの色味や空気で、その日の表情を決めた。悪魔のカードの日は、マスクをして目も合わせず黙って過ごした。

まるで、カードに操られていた。

ある週の水曜日だった。正確には、木曜日に日付が変わったばかりの深夜二時ごろ。私はめったに夢を見ない体質で、目が覚めた瞬間すべてを忘れてしまう。だけどその夜だけは違った。

ありありと、輪郭のくっきりした夢を見た。

あの人が、誰かと結婚していた。式場だったのか、それともパーティールームだったのか、とにかく照明が眩しくて、笑い声と拍手が渦巻いていた。夢の中の私は、なぜか隅の席で、それを見つめていた。花嫁は顔がわからなかった。ただ、白い布の向こうから、なにかものすごく「勝ち誇った」ような感情が伝わってきた。

目が覚めたとき、心臓が破裂するんじゃないかと思うほど脈打っていた。呼吸も浅く、冷や汗が背中をつたっていた。

それでも、ああ、夢だったんだ、と自分に言い聞かせた。

その週の金曜日。部署の先輩に「軽く飲み会があるよ」と誘われた。気乗りしなかったが、断る理由もなかった。あの夢のことが頭を離れなかったが、まさか、という思いもあった。

飲み会の会場は、都内のレストランの奥の個室だった。入った瞬間、空気の湿り気に違和感があった。妙にキラキラした空気。飾られた花、みんなの表情。

そして、あの人が立ち上がって言った。

「実は、入籍しました」

一瞬、自分の時間だけ止まった気がした。

拍手、歓声、祝福の声。それらが自分の外側で起きているように感じた。ああ、これが夢と現実の境界か、と思った。夢のあの空間と、何ひとつ変わらない。

頭の中で、カードの山がひっくり返る音がした。

その日、帰ってから、私はカードを捨てた。文字通り、千切って、焼いて、灰にした。

けれど。

不思議なのは、そのあともたまに、夢にカードが出てくることだ。燃やしたはずなのに、机の上に並んでいる。なぜかバッドエンドではない。星や太陽のカード。女教皇の穏やかな顔。まるで私に笑いかけているような、優しい顔。

だけど――

あの頃、なぜ一度たりとも、そのカードたちが出なかったのか。なぜ毎晩毎晩、死や悪魔ばかりだったのか。

私は、そんなに「望んでいた」のだろうか。叶わない恋が続くことで、狂気の中に安らぎを求めていたのかもしれない。

カードは、それを見抜いていたのか?

だとしたら、あれは占いなんかじゃない。私の心の奥を、覗き返してくる鏡だったのかもしれない。

そう思うと、今でも少し、背中が冷たくなる。

夜になると、ふと、思い出すのだ。

あの水曜日の夢は、本当に「予知夢」だったのだろうか?
それとも、カードが見せた――最後の「結果」だったのか。

[出典:275 :可愛い奥様:2019/10/27(日) 02:20:53 ID:ntrrLql00.net]

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