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短編 n+2025

ウィッタカー家 n+

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誰にも知られず、血だけが濃くなっていった

もう十五年も前の話になる。
それでも、あのとき見た家の窓、扉の軋む音、そして何よりも──
彼らの目つきだけは、今でもはっきり脳裏に焼きついている。

きっかけは、取材だった。
大学のドキュメンタリーゼミに在籍していた私は、卒業制作として「閉鎖集落と現代」をテーマに地方の集落を調べていた。
その中で、ひときわ異様な噂を聞いたのだ。

「オッド村には、三代にわたって近親婚を続けた家がある」

──ウィッタカー家。

名前を出した瞬間、話していた元地元の新聞記者は言葉を詰まらせ、煙草に火をつけて天井を見つめたまま何も言わなくなった。
だが、私はなぜか惹きつけられた。
タブーに触れたいとか、他人の不幸を暴きたいとか、そういう野心はなかったはずだ。
ただ、その一族の存在を無視できなかった。

だから私は、向かってしまったのだ。
ウエストバージニア州ローリー郡、人口七百人足らずの奇妙な村、オッドへと。

最初に村を訪れたときの空気は、どこかこの世のものとは思えなかった。
アメリカにいるはずなのに、言葉も、通貨も、空気の密度さえも違っているような──そんな感覚。

店はほとんど廃業しており、通りを歩く人々は皆、無表情だった。
「こんにちは」と声をかけても返事はなく、目だけがこちらをじっと見ていた。
その目は、何かを計算しているでもなく、好奇心を向けているでもない。
ただ、凝視している。

やがて私は、村のはずれにある例の家にたどり着いた。
門などはなく、庭にはゴミが雑然と積まれ、アルミ缶が錆びた音を立てて風に転がっていた。
軒先に、何かがぶら下がっていた。洗濯物かと思ったが、どうも違う。
近づいてみると、それは干からびた小動物の死骸だった。

ガサ、と音がして、家の中から誰かがこちらを見ていた。
老人のようだったが、性別も年齢も一目では判別できない。
その人は目が合った瞬間、うう……と低く唸り声をあげた。

私は反射的に後ずさった。
するとその声に反応するかのように、家の中から複数の影が飛び出してきた。
裸足の者もいれば、靴を片方だけ履いている者もいた。
彼らは私を見るなり、子犬のような奇声を発し、まるで蜘蛛の子を散らすように森へと逃げていった。

私はその場に立ち尽くしていた。
脚が震えて動けなかった。
気づけば、手の中のカメラが汗で滑りそうになっていた。

そして、背後から音がした。

「動くな」

低い声とともに、背中に金属の冷たい感触が突きつけられた。
振り向くと、獣のように警戒心を剥き出しにした男が、ショットガンを構えていた。

「お前、あの家に何しに来た?」

私はなんとか口を開いた。
ドキュメンタリーを作っている。調査をしている。危害を加えるつもりはない──
そう繰り返し、ようやく男は銃口を下げた。

「……あの人らに、あんまり近づかん方がいい」

男は言った。
あれは人じゃねえ。人のかたちをした、呪いのなにかだ。

私はそれから、何度も村を訪れた。
ベティという名の女性が、ウィッタカー家を取りまとめていた。
彼女はかろうじて会話が通じ、時折、片言で「ここにいたい」「家族、だいじ」と繰り返した。

私は写真を撮った。
彼らの暮らし、表情、ふとした仕草。
ある意味では人間らしく、またある意味ではまったく異質な存在として、彼らはレンズの中で生きていた。

寄付を募り、家の修繕を手伝い、彼らの信頼も少しずつ得た。
だが、あるときから、何かが変わった。

笑顔が増え、服が新しくなり、家にはテレビが入った。
しかし、同時に目の奥の鈍い光が、別の色に変わった。

ラリーが死んだという知らせが届いたのは、二〇二四年の春だった。
悲しみに暮れ、私は再び村を訪れ、弔問の写真を撮った。

だがその数週間後──
死んだはずのラリーが、村で普通に歩いているのを見たという連絡が入った。

信じられなかった。
だが、事実だった。

私が彼らを信じすぎていたのか。
それとも、彼らは最初から、ただ演じていただけなのか。

問い詰めても、彼らは笑っていた。
ベティは「ごめんね」と言った。
ただ、それだけだった。

どうしても割り切れなかった。
寄付金が、彼らの中の何かを変えてしまった。
貧しさではなく、欲望の方が恐ろしい

私は彼らと距離を置いた。
数ヶ月、いや、年単位で村から離れていた。

けれど──
ある夜、夢にウィッタカー家の面々が出てきた。
泥にまみれた姿で、ひとりずつ、私の前に立ち、こう囁くのだ。

「まだ、足りないよ」
「もっと、ちょうだい」
「あなたの目、好き」

私は汗びっしょりで目覚めた。

あれは夢だったのか?
それとも、あの家に通っていた年月で、私の中にも何かが入り込んでしまったのか?

そして、再び村を訪れた夏の日。
ラリーが私に謝罪し、ベティが笑って私の肩に手を置いたとき、ふと気づいた。

──あの目だ。

あの、最初に家の中から私を見ていた目。
あれと、ベティの目は、まったく同じだった。

何も変わってなどいなかったのだ。
変わったのは、私の方だったのかもしれない。

この家族を、人として見ていた。
憐れみ、支援し、理解しようとしていた。

だが、彼らはただ、人という「かたち」をした、なにかだったのかもしれない。

そう思った瞬間、背筋が凍りついた。
私は今も、ときどき振り返る。
何かが、ついてきている気がするから。

彼らの家族にはもう、血縁者が増えることはないかもしれない。
けれど、それはつまり──

新たな「血」を、外から求め始めるということではないのか?

私の血は、濃くなっていないだろうか?
思考が、あの家に引き寄せられてはいないだろうか?

いや、そんなことはない。

──そう思いたい。

でも、あの夢だけは、まだ終わっていない。

……うう……
……まだ、足りない……

(了)

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