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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

コンビニのない道 n+

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十年ほど前の話になる。

まだ今ほど高速道路の整備も行き届いていなかった頃で、同じ部署の先輩と、ある目的のために小旅行めいたドライブをしたことがあった。

目的地は兵庫県の山間部にある巻きずし屋。特別有名なわけではないが、一部の食通の間では「幻の海苔巻き」として知られ、テレビ番組で取り上げられて以降、じわじわと人気が出始めていた。

当時の自分は職場でもまだ若手で、先輩に誘われれば断る理由もなく、片道二〇〇キロ以上の距離も、むしろ少し楽しみなくらいだった。朝八時に出発して、先輩がハンドルを握り、自分は助手席でスマホの地図アプリをいじっていた。最初の数時間は他愛もない話をしながら順調に進んでいた。けれど、昼前を過ぎた頃から空気が変わりはじめた。

疲労がじわじわと体を蝕み、エアコンの風さえ煩わしく感じるようになった。人里離れた山間部に入ったせいか、自販機もコンビニも見当たらず、車内の空気がどんよりと重く沈んだ。ナビにも店らしい店は出てこず、しばらくは「このまま走るしかないか」と諦めかけていた。

そのとき、ふいに道路の左手に見慣れない建物が現れた。

古びた看板に、色あせたカタカナの店名。明らかにチェーンではない、どこか安っぽい、小劇場のセットのような佇まいだった。建物自体は平屋で、外壁は黄ばんでいて、遠目にも時間の流れに耐えきれなかった様子がうかがえた。が、それでも「営業中」の札がぶら下がっていたのだ。

「コンビニ……だよな?」

先輩がそう言って車を停めた。駐車場には他に車はなかった。いや、それどころか周囲に人の気配すらない。

なんとも言えない空虚な感じ。人が寄りつかない場所には、時間の感覚も言葉もすべて風化していくものだと、そのとき肌で理解した。

それでも喉の渇きには抗えず、自分たちは建物の正面に立った。自動ドアの前に立っても、開かない。センサーの故障かと思い、手をかざしてみるが反応はない。中を覗くと、蛍光灯が点いていて、棚には商品が並んでいた。菓子パン、カップ麺、見慣れたメーカーのスナック菓子。けれど、すべてが微妙に色褪せていて、まるで何年も前からそこにあるかのようだった。

扉のガラス越しに誰かいないか探したが、レジにも、店内のどこにも、人の気配がなかった。

仕方なく、隣にあった自販機に目をやった。そこには見たこともないラベルの缶ジュースがぎっしり並んでいた。英語でもない、けれど日本語とも違う、どこか歪んだ字体。妙に光沢のない缶の並びのなかに、一つだけ「ブラックコーヒー」と書かれた缶があった。

とりあえずそれを二本買い、車に戻った。

缶を開けた瞬間、鼻につく金属臭。飲んでみると、思わず「まずっ」と口から漏れた。水で三倍に薄めたような味。いや、水というより、何かもっと……曖昧で濁ったものを連想させる味だった。

先輩に一本渡すと、彼も一口飲んで顔をしかめた。

「なんだこりゃ……泥水か?」

飲みきれずにホルダーに突っ込んだまま、目的の巻きずし屋に着いた。店は評判通りの繁盛ぶりで、長蛇の列に並んでようやく巻きずしにありついた。

海苔は厚く、甘めの味付けが染みていて、確かにうまかった。けれど、その味さえ、あの奇妙な缶コーヒーの後味が邪魔をした。トイレの手洗い場で中身を流し、空き缶をゴミ箱に捨てた。

帰路、再びあのコンビニが近づいてくる。

先輩が何気なくつぶやいた。

「この辺だったよな、さっきの……あった、あれだ。え?」

目を凝らして、言葉を失った。

そこにあったのは、コンビニではなかった。黒いシミが斑点のように広がる廃墟。壁は崩れ、屋根も一部抜けていた。駐車場はひび割れ、草が無造作に伸び放題になっていた。明らかに何年も前から放置されている。

「いや……入ったよな? 俺ら、あそこに……確かに」

車内は重い沈黙に包まれた。現実と記憶が、ぴったり噛み合わない。

後日、先輩が自宅に戻ってからドライブレコーダーを確認した。

あのコンビニに入るシーン。

記録されていたのは、廃墟の前でうろつく自分の姿だけだった。自動ドアなど最初からなく、ガラス戸もなかった。ただの鉄枠にビニールシートがかかっているだけの、朽ちた建物。

その中へ、自分は何度も手をかざし、首を傾げ、扉のない場所に向かって立ち尽くしていた。

缶コーヒーを買ったはずの自販機は、どこにも映っていなかった。

先輩が映像を見ているあいだ、電話越しにずっと黙っていたのを、今でも覚えている。

「お前……何を見てたんだ?」

あの時買った缶コーヒーは、もうどこにもない。

捨てたはずの空き缶すら、記録には映っていなかった。

もし、あのとき先輩が車に戻らず、店の奥に入っていたら。

そう考えると、今でも背筋が冷える。
あれは、コンビニなどではなかったのだ。

なにか別の、「人の気配のしない場所」。
外から見えていた光も、整然と並んでいた商品も、全て――幻だったのだとしか、言いようがない。

ただ一つ、あの味だけは、まだ舌が覚えている。

あの世とこの世の、境界に染み出したような、鉄と腐敗の匂い。

あれはきっと、「買ってはいけない」ものだった。

[出典:259 :本当にあった怖い名無し 警備員[Lv.6][新芽]:2024/11/09(土) 13:36:46.76ID:8Z4GS7pT0]

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