これは警察関係者から伝わってきた話で、表には決して出ない事件の記録だという。
千葉県内で七年前に発生した連続殺人事件、その名も「TS事件」。
犠牲者は20歳前後の若い男性ばかりで、計八名。彼らの遺体は、全裸の状態で発見された。だが異様だったのは、その身体の一部――ある部分が千枚通しで串刺しにされていたこと。しかも、まだ息があるうちに貫かれたと見られている。犯人が憎悪を抱える女性であろうとの推測で捜査が続けられたが、目撃者は現れず、犯人に繋がる手がかりも一向に掴めない。ついに警察は情報提供を呼びかける決断を下そうとしていた。
そんな折、ある日、巡回中の捜査員が怪しい人影を目にする。暗がりで被害者を襲う瞬間を目撃し、彼らは慌てて動こうとするが……体が動かない。その犯人を目の当たりにした瞬間、恐怖に凍りついてしまったのだ。
その姿は――人間の女ではなかった。むしろ「雌」というべき存在だったと証言されている。その異形の女は、被害者の身体を冷酷に串刺しにし、そしてそのまま何事もなかったかのように歩み去っていった。正気に戻った捜査員たちが急いで追跡を始めると、その女はとある資産家の屋敷へと入っていくのが見えた。
捜査員は急いで突入しようとしたが、屋敷の主は青ざめながらも固く口を閉ざし、協力を拒否した。どう見ても、何かを隠している。署へ戻った彼らは、資産家が一連の事件に関わっていると考え、屋敷の周辺に張り込み班を配置、さらに家族の背景を洗い直すことになった。
ところが、この屋敷の家系にはいくつかの奇妙な点が次々と浮かび上がった。
まず、その家は非常に珍しい苗字で知られており、家族の構成が代々複雑な様相を見せていた。特に、ある代以降の血族は一切、実子を持たず、すべて養子として跡を継いできたこと。さらにはその養子たちの素性も一切不明だという。さらに家族の誰もが結婚をしていない――。
奇妙な背景を把握するなか、張り込み班には長い静けさの中で不安が募っていた。いつしか「あの化け物を見たのは幻だったのでは?」とさえ思うようになっていたが、ある夜の23時ごろ、屋敷の奥から何かが響き渡った。悲鳴なのか、苦しみともつかぬ声が、闇夜に轟いたのだ。
捜査員が慌ててインターホンを押すと、ようやく主が出てきた。声の件を問いただすと、主はみるみる青ざめた。捜査員は勢いのまま屋敷内へ踏み込んだが、リビングも寝室も、異変の痕跡は見当たらない。
気のせいかと失望しかけたとき、再び異様な叫び声が響いた。あらためて屋敷を調査すると、捜査員たちはあることに気づいた。この屋敷の造りには不自然な「デッドスペース」があると。念入りに探索を進めると、その隠し部屋へと通じる入り口が見つかった。
扉を開けた瞬間、鼻をつく腐臭とともに、目の前に広がったのは、あまりにもおぞましい光景だった。
その部屋の中央に横たわっていたのは、追いかけていた異形の女そのもの。そしてその傍らには、彼女と酷似した者がさらに二体横たわっていた。さらに部屋の隅には、大きな箱が無造作に置かれ、中には腐乱した赤子のようなものが投げ入れられていた。
捜査員は震える手で無線を使い、応援を要請した。主は即座に拘束され、三体の異形の女たちが閉じ込められた部屋は厳重に封鎖された。
後日、主の取り調べにおいて明らかになった事実は、さらに常軌を逸したものであった。
「あれは母であり、姉であり、娘です」主はそう語ったという。そして、あの赤子も自分の子であると――。○○○○家では代々、集落に閉じ込められた一族であり、外部との関係を禁じられていた。そのため、近親関係でしか血を繋げず、あのような「異形」が生まれることが常だった。
かつては奇形の赤子は埋めて始末していたが、現代ではそれも難しくなり、捨てることすらできず保管せざるを得なかったのだという。家系が続く限り、家族は皆、血縁としてしか繋がらず、養子として迎える形を取ることで近親関係の痕跡を隠してきたという。
こうして、○○○○家の「呪い」は代々受け継がれていたのだ。
取り調べ中、ある捜査官が恐る恐る「…失礼ですが、あのような者と関係を持つことに抵抗はなかったのですか?」と問うた際、主は微笑みながらこう答えたという。
「家族ですからね……」
その微笑みを見た瞬間、捜査官は底知れない戦慄に襲われたという。
その後、この事件は極秘裏に処理され、異形の家族たちはひっそりと消されることとなった。だが、事件の全貌が公になることはなく、○○○○家が今も続いているかどうかも、知る者はいない。
追記として、この事件の捜査で使用された千枚通しが、なぜ異形の女たちの手に握られていたのかについては、結局のところ謎のままだったそうだ。さらに、屋敷にはなぜかその千枚通しが八本揃えられていたことも、奇妙な点として記録に残されているという。夜風に触れさせてやりたい――それが主が彼女らを外に出す理由だと語ったが、真意はもはや誰にもわからない。