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短編 ほんのり怖い話

巨大なビアホール【ゆっくり朗読】2100

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当時私は専門学校に入学したばかりで、生活費を稼ぐために人生初のアルバイトを始めた。

投稿者「ちび ◆mQop/nM.」 2013/05/23

ところが、人生初で就業経験もなく、おまけにとても背の低すぎた私は、色々なところの面接を落とされまくっていた。

これがアルバイト面接の洗礼か…としょんぼりしたのを覚えている。

そうしているうちに、やっと雇ってもらえた店があり、私は舞い上がって喜んだ。

そこは巨大なビアホールだった。

雇っているバイトの数だけでも140人を超える大きな店で、小学校の体育館よりも大きかった。

また、歴史もあり、80年以上営業し続けてきただけあって古くからの常連が多く訪れた。

稼ぎどきの夏場には、小さな滝のある涼しい前庭に沢山のテーブルと椅子を並べ、ビアガーデンとして開店。店は内外問わず多くの人で賑わった。

隣の席の人が誕生日会なら、周りの席の人々も手拍子で祝ってあげたり、店の一角から大合唱が聞こえてきたり、陽気な雰囲気がたちこめる居心地のよい場所だった。

ここまで書くと、ちょっとイイ店に思えるかもしれない。客側にとっては。

店員としてみれば地獄のような忙しさだった。

私と同期で入った人間は3日と経たないうちに全員辞めた。

私は人生初のアルバイトであったし、実家は農家で肉体労働には慣れていたので、こんなものかと思っていた。

毎日上司に怒鳴られながらも、慣れない接客術を磨いていった。

前置きが長くて申し訳ないけれども、この前置きがないと話がよくわからないかもしれないんだ。すまん。

慣れない接客と上司からの叱責に、涙も枯れ果てたある日のこと。

杖をついた一人のみすぼらしいおじいさんが来店した。

上司は他の客の対応で忙しく、私はしどろもどろになりながらおじいさんに接客した。

このお客様に満足していただきたい、その想いでいっぱいだった。

おじいさんは私をちらと見上げると、ただ一言 「水」と言った。

『このおじいさん、暑いなか歩いてきて喉がカラカラなんだ』

私はすぐに水を用意し、運んだ。

しかし、おじいさんの様子がどこか引っかかっていた。

なんだろう、なんだろうと思いながら水を手渡すと、おじいさんはぐっぐっぐっとタンブラーをあおぎ、「ありがとう、お嬢さん」と言って笑ってくれた。

私は嬉しくて、頭を下げその席を離れた。

注文がくるだろうとそのおじいさんに注意しながら、他の客席に接客する。

が、ほんの少し目を放した隙におじいさんの姿が消えていた。

壁に立てかけていた杖もなくなっている。

お手洗いにでも行ったのだろうかと考えていると、上司の声がインカムから流れてきた。

「おーい、お前3卓に水とメニュー置きっぱなしだぞ、片付けなきゃ駄目だろう!」

あっと思った。

私たちの店では客が来店すると、レジ係がインカムで店内中のスタッフに伝えるのだが、
さっきのお客様が来店した時、レジは団体客で混んでいた。

だからおじいさんに気づかなかったレジ係からインカムがなかったのだ。

『違和感の正体はこれだったのか』

上司にそれを伝えて暫くしたが、おじいさんはいっこうに戻ってこなかった。

まさかお手洗いで倒れているのではと心配になり様子を伺ったが、お手洗いは空だった。

……とすれば、出ていってしまったのだろうか。

そうこうしているうちに閉店の時間になった。

広い店内に蛍の光が流れ、千鳥足のお客様が仲間に支えられ帰ってゆく。

きっと私の接客が悪かったんだ…としょんぼり片付けをしていると、一緒に働いていた先輩がおずおずと話しかけてきた。

「ねえ、深田さん…3卓に誰を案内してたの?」

「えっ? おじいちゃんですよ、杖をついた。先輩も見ていたじゃないですか」

先輩は気味の悪いものを見るような顔で私を見下ろした。

「俺には、深田さんが宙を支えるようにゆっくり3卓へ向かって、なにかを壁に立てかけて、コップとメニュー持ってって、笑顔で頭を下げたようにしか見えなかった」

「そんなはずありませんって、そんな、あの人が幽霊だっていうんですか! 足ありましたよ!透けてなかったし、服だって…」

私は口を開けたまま固まった。

そうだ、服だ。あのおじいさんはこのくそ暑い熱帯夜なのに、長袖長ズボンだった。

本当の違和感はここだったのだ。

私と先輩が3卓を見つめて黙っていると、上司がやってきた。

先輩は、私が“誰か”をこの席に案内したのだと上司に話した。

上司は一言、「そうか」と言った。

「この店は80年以上も昔からある店で、昔から地域に愛されてきたんだ。
毎週来る常連だっている。…ときには、もう死んじまった人もくる。
賑やかで、懐かしいんだろうな。
俺も若い頃、一度だけそういう人を接客したことがあった。
でも、当時の俺は…まあ、不心得者だったんだよ。
その人は俺に接客の悪さをきつく叱ると、その場で消えてしまったんだ。
驚いたよ。それから後悔もした。死んだ人だって、来店したならそれはお客様だ。
俺は、今までどんな酷い接客をしてきたのか思い返して、恥ずかしくなった。
その日から、心を入れ替えて仕事に励んだよ」

上司の話を聞きながら、不思議な心地がしたのを覚えている。

『じゃあ、あのおじいさんは死人のお客様だったのか。ありがとうって言われたし、満足してもらえたのならいいなぁ』

それからも毎日のように上司や調理場に怒鳴られながら、私は接客術を磨き続けた。

二ヶ月に一度、夏場には週1ぐらいの頻度で、様々な死人のお客様が訪れた。

葬式帰りらしい団体がやってきて、隅の席に座っているお客様にビールを持っていくと、
実はその人が死んでいた、ということもあった。

その家族は昔、うちの店の常連で、私が注文されたビールはその死んだ人の好きだった種類のビールだったそうだ。

団体は涙をこぼしながら笑い、上司の計らいでそのビールはサービスにした。

働き始めて1年が経った頃、その上司が別の店に異動することになった。

バイト初期には失敗ばかりしていた私に「俺が現役だったら辞めさせてたぞ」とまで言った上司だったが、私は彼をプロとして尊敬し続け、彼も私を孫のように可愛がってくれるまでになっていた。

上司は鼻水を垂らす私の頭をポンポン叩き、目線を合わせながら言った。

「深田さんが来てから、リピーターのお客様が増えたよ。まあ、中には幽霊のお客様もいたけどな。深田さんの一生懸命で丁寧な接客に、きっと皆が満足してくれた。
俺が教えたことを、忘れちゃあ駄目だぞ。今、お前はこの店の看板なんだからな」

そうして彼は店を去った。

私は彼に叩きこまれた接客術と話術で、沢山のお客様を喜ばせ、笑顔にさせた。もちろん、死人のお客様も。

専門学校を卒業すると同時に、ビアホールのアルバイトは辞めた。

死人のお客様以外にも、不思議なことの縁に恵まれた場所だった。

今もそこで働いている人々とは繋がっており、最近も誘われて飲みに行った。

懐かしさに、体験したことを長々と書き込んでしまいました。

長文・駄文、失礼いたしました。

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