呪いって信じる?
171 本当にあった怖い名無し 2007/05/25(金) 10:57:27 ID:vXN3Fb5U0
俺は心霊現象とかの類は、まったく気にとめる人間じゃない。
だから、呪いなんかハナから信じていない。
呪いが存在するなら、俺自身この世にはもう居ないはずだから。
自分自身で書くのも嫌になるが、今までもの凄い数の人たちを傷つけてきた。
さすがに人を殺すような事はしてこなかったが、何人もの女の人生を台無しにしてきた。
こんな俺だから、もし呪いが存在するなら、俺は生きていないはず。
そんなくだらない俺にでも、心から信頼出来る友達がいた。
今から書く話はそいつの話。
今から一年半程まえに、俺は友達に呼び出された。
その時はお互い仕事が忙しく、会うのは約三ヶ月ぶり位だったと思う。
呼び出された場所に向かうと、俺よりも早く友達の忠司がいた。
「おー早いじゃん」
俺はそう言って忠司に話しかけた。
笑いながら忠司は、「たまには早くくるさ」
そう言い終わると、忠司の顔から笑みが消えていった。
いつもなら飲みに行って話をするのだが、何となくその日はそんな雰囲気ではなかった。
笑みが消えた後の忠司の顔が、それを物語っていた。
「どうしても聞いて欲しいことがあるから、家に来てくれないか」
忠司の顔に全く余裕が感じられない……
「何かあったのか?」
俺の問いに忠司は、「家で話すわ」
そう言い終わると、足早にその場を離れた。
忠司の自宅に着き、忠司は話し始めた。
「兄貴が仕事中に死んだ」
そう聞いた俺は、「えっ兄貴は二年前に死んだんじゃなかったの?」
思わず聞き返した。
「二年前に死んだのは長男。今回死んだのは次男なんだ」
思わず言葉が出てこなかった。
仕事中の事故死らしい。
忠司の次男が勤めていたのは、ある大手タイヤ工場だった。
その工場で、主に工作機械のメンテナンスをする仕事をしていたそうだ。
作業後のメンテナンスのために整備していた所、大型の工作機械が突然作動し、その機械に頭部を挟まれ忠司の次男は亡くなった。即死だったそうだ。
それを聞かされて俺は、忠司に対して余計に何も言えなくなった。
「二年前に、上の兄貴が事故で死んだときもおかしかったんだ」
長男の事故の話だった。
忠司の長男は家族三人で、移動中に大型トラックに正面衝突を起こしていたのだ。
「あの時も即死だった。三人ともな」
忠司の顔は、何かに怒っているように見えた。
その事故は、片側二車線の道路で起こった。
現場検証では、忠司の兄が反対車線に入り走行した事が原因とされていた。
トラックの運転手の話では、よける間も無いくらいの出来事だったらしい。
忠司の言う妙な事とは、突然車線を変えたのもそうだし、ブレーキペダルとフロアの間に、猫が入り込んでいた事だそうだ。
当然その猫も生きてはいなかった。
「ぶつかる寸前にブレーキをかけたんだろうけど、間に猫がいて効きが悪かったのかもしれない。効いてても回避する事は出来なかったんだろうけどさ……猫なんか飼ってなかったのに」
それを聞いて俺は、「途中で拾ったのかもしれない」
そう忠司に言うと、「それは絶対にない。猫嫌いだもん」
しばらく忠司は黙っていた。
俺は少しで気をまぎらわしてやろうと思い、買い物に行きビールなどを調達してきた。
買い物から戻り忠司にビールを渡し、話の続きを聞いた。
「俺これで天涯孤独になっちゃった」
忠司はそう呟いた。
忠司の母親は幼稚園の頃に亡くなり、父親は四年前に亡くなっていた。
もう家族で残されたのは忠司一人だった。
忠司の表情はとても寂しげに映った。
その表情が突然変わり、忠司は俺に聞いてきた。
「なあ、呪いって信じる?」
思わず呆気にとられてしまった。
「たまにテレビでやってる、木とかにこんこん釘打ったりするやつ?」
俺はあり得ないという表情で答えてやった。
俺のそんな答えに動ずることなく忠司は喋り始めた。
「兄貴二人。そして父親も、呪いで死んだのかもしれない」
そこからその話は始まった。
忠司は幼少の頃の話を聞かせてくれた。
そこは普通の田舎町で、これから話す、不可思議な事件が起こりそうな場所では無かったらしい。
忠司の実家の近くには、子供心に相手にしたくない家があったそうだ。
ただ単純に、その家のおばさんの見てくれがもの凄く怖かった、というのが理由だそうだ。
野球をしているときに、たまたまボールがその家の庭先に入ってしまい、しかたなく挨拶をしてボールを取ろうとしたときに、そのおばさんに鎌を持って怒鳴られたそうだ。
そんなこともあり、その家は子供にとっては恐怖の対象でしかなかった。
小学二年の頃、夜中に我慢が出来なくなりトイレに起きた時の話では、ザク、ザクと物音が聞こえてきて、トイレの小さな窓から覗くと、そこには鎌を庭にある大きな木に向かって、何度も突き立てるおばさんの姿があった。
とにかく、その光景があまりにも怖すぎて、その晩は寝ることも出来なかったらしい。
翌日、学校に向かう途中で恐る恐るその木を確認すると、確かに無数の傷と大きな釘が一本刺さっていたそうだ。
子供の頃は、ただ単純に怖かっただけなんだけど、今思えばあのおばさんには同情するところはかなりある。
その家の主人はもの凄い酒乱で、毎晩のように飲んでは暴れていた。
あの当時は精神的にかなり参っていたんだろう。
忠司はそう言いながら話を続けた。
それから数ヶ月が過ぎ、最初の事件が起こった。
下校途中に忠司と三人の子供達が、あの家の大きな木の下に、人が倒れているのを発見した。
四人で最初は寝てるのかとも思ったらしい。
それでも気になって、他の子が親を呼んで確認させたところ、すぐに救急車が呼ばれた。
倒れていたのは、その家の主人だったそうだ。
すでに息はなく、死因は心臓発作との事だった。
近所の人の知らせで、農作業に出かけていたおばさんも呼び出され、すぐに病院に向かっていった。
子供だった忠司は震えていたそうだ。
死体を見た恐怖と、あの晩のおばさんの奇妙な行動が重なって、余計に怖かったらしい。
それから、おばさんは人が変わったように明るくなっていた。前とは比べられない程に。
でも、おばさんの笑顔は長くは続かなかった。
その家には二人の息子がいたが、二人ともその家にはいなかった。
次男は人柄もよく真面目で、結婚をして家を構えていたのだが、長男は父親に似て酒乱がたたり、定職にもつけなかった。
父親が死に、母親の面倒を見るという名目で、長男は家に戻ってきた。
おばさんにとっては、今まで以上に辛い日々になっていったのだそうだ。
昼間から酒を飲んでは母親に暴力を振るい、近所から何度注意されても直る事は無かった。
母親に対する暴力に、次男も何度も抗議に来ていたようだ。
数日が過ぎた晩、忠司は家族で食事をしていた。
すると玄関を激しく叩き、父親を呼ぶ声がする。声の主は、隣に住むお姉さんだった。
「向こうの木の下に人が倒れている」
そう言ってお姉さんが震えていた。
すぐに父親が確認に向かった。
そして確認して戻ると救急車を呼び、子供達に一歩も家を出るなと言い残して、また出ていった。
しばらくして救急車がきて、騒ぎは大きくなり始めた。
窓越しに確認すると、今度はパトカーまで来ていたそうだ。
その騒ぎは一晩中続いた。
翌日の朝、殺人事件が起こったことを知った。
殺されたのは、あの家の長男だった。鍬で頭部をめった打ちにしての殺害だった。
めった打ちにした場所は家の裏だったらしいが、最後の力を振り絞って、人の目に触れるあの大きな木の下までたどり着いて、そこで息絶えたらしい。
家にいたおばさんが自分がやったと証言したため、おばさんは警察に連れて行かれたが、翌日の昼間に次男が出頭してきて、おばさんは家に帰された。
地元の新聞では大きく報道されたそうだ。
次男の判決はさほど重くはならなかった。
動機が母親を助けるためだったのと、周りの証言や、もしかしたら嘆願書も出ててたかもしれないらしく、刑は思いのほか軽くすんだそうだ。
次男の刑が確定したその日、おばさんは家の木で首を吊って自殺した。
忠司は学校にいたため、事件が起こったことは、家に帰るまで知らなかったらしい。
その家では、二年ほどの間に三人も人が死んでしまった。
あの事件が起こった後は、その家には誰もいないはずなのに、それ以来その家の前を通るのを止めて、大回りして家に帰るのを選んだそうだ。
自宅の玄関からも見える家なのに。
事件から五年くらいが過ぎた頃、あの家の次男は刑期を終えて戻ってきた。
近所の家を謝罪してまわり、礼を言いながらまわっていた。忠司の家にも訪ねきた。
父親が対応して、「苦しかったね。これから頑張るんだよ」そう声をかけていた。
元からの次男の性格を知る近所の人達は優しかった。
次男も一生懸命に働き、以前の暮らしを取り戻そうとしていた。
次男の妻も真面目で、主人が逮捕された後も別れることなく、帰って来る日を待ちながら家を守り続けていた。
二年後、そんな二人に子供が出来た。
近所の人たちはみんな喜んでいた。生まれてくるまでは。
産まれてきたのは男の子だった。でもその子は心臓に障害を持っていた。
それから次男は、その子の手術のために、今まで以上に働いた。子供を助けるために。
それでも間に合わなかった。
男の子は生後半年で、この世を去ってしまった。
それから二ヶ月後、奥さんは焼身自殺をしてしまった。
後を追うように、次男はあの木で首吊り自殺をした。
近所中に重い空気が流れて、やがてよくない噂が流れ始めた。
あの木があると、これからも良くないことが起こるのではないか。木を切り倒したほうがいいのでは。
みんなが口々に、木のせいにし始めていた。
それでも、誰も木を切ろうとはしなかった。
しばらくして、自殺したおばさんの遠縁にあたるという男二人がやってきて、
「自分たちがこの木を処分します」と言ってきてくれた。
念のためにと二人はお祓いをしてもらい、それからチェーンソーを使ってあっさりと切り倒してくれた。
かなり大きな木だったこともあり、倒した後に細かくするのに時間がかかってしまい、根の部分は後日にするということだった。
それから数日が経っても、根が掘り返されることは無かった。
木を切り倒した人の一人は、酒に酔い三メートル程の側溝に頭から落ちてしまい、脳挫傷で死亡。
もう一人は、噂では農作業中にトラクターが横転し、下敷きになり死亡したと聞いたそうだ。
忠司が高校を卒業して町を離れる頃にも、まだその根は残っていたそうだ。
俺と忠司が出会ったのは、同じ専門学校でのことだった。忠司とはそれ以来の付き合いになる。
忠司は俺とは違い、頭も良く性格も良かった。
そんな奴だから、就職にも困ることはなかった。俺と違い、忠司はすぐに就職した。
忠司が就職してからも、俺たちの付き合いは続いた。
会うたびに女のことで説教をされていた事を、今でも思い出す。
就職して三年ほど経過した頃だろうか。それはあまりにも突然だった。
忠司の父親が心臓発作で他界した。
忠司が言うには、病気など患った事など無かったから、もの凄くショックを受けたらしい。
忠司が実家に大急ぎで帰ったとき、すでに二人の兄が帰って来ており、通夜の準備に追われていたそうだ。
それから数日が経ち、葬儀も終え、三人は久しぶりに実家で酒を飲んだそうだ。
その時に長男が、二人の弟に語りかけた。
「二人ともあの家の木を見たか?」
そう言われて忠司は、次男と顔を見合わせて
「何のこと?」
長男に聞き返した。
「根っこだけ残ってた木のことだよ」
そう言われて二人は、あの木のことかと思い出したらしい。
長男は続けた。
「もう更地になってるんだよ。そして、あの木の根を掘り出したのが親父なんだ」
それを聞いて、忠司の中で眠る忌まわしい記憶が蘇ってきた。
次男はいきなり、怒気を強めて長男に食ってかかった。
「ふざけるな。じゃあ親父は、あの木に祟られて死んだっていうのかよ。ただ掘り返しただけで祟られるのか。馬鹿げてるぞそんなもん」
しばらくみんな黙っていた。
忠司は疑問に思ったことを口にした。
「何で親父は木の根を掘り返したんだろ。兄貴は何か聞いてない?」
その問いに対して、二人の兄は首を振るばかりだった。
長男は首を振りながら、
「掘り返した理由は俺にもわからん。だけど掘り返した後、親父は突然死んだ。どうしても俺には、偶然には思えないんだ」
次男は、「兄貴やめてくれないか」
そう言って話を遮ろうとしたが、それでも長男は話を続けた。
「昨日さ、夢に親父が出てきたんだ。俺を見ながら、何度もすまないすまないって言うんだよ」
それを聞いた次男は、
「何で兄貴の所だけに出て、俺たちの所には出ないんだよ」
忠司を見ながらそう語りかけた。
その問いに対して長男から出た言葉に、二人とも驚いたらしい。
「次は俺なんじゃねーの。だから親父は、俺に謝りに来たんだろ」
二人はそれを聞いて押し黙った。
その日はそれ以上、そのことを三人とも語ろうとはしなかった。
その後、長男の言った一言によって、三人は今まで以上に連絡を取り合うようになったそうだ。
父親の死後一年九ヶ月経った頃、突然長男と連絡が取れなくなった。
次男からもその連絡が来た。家に電話をしても、嫁さんすら出ないとの事だった。
次男は不審に思い、長男の勤める会社に電話したそうだ。
会社から返ってきた言葉は意外だった。一ヶ月ほど前に突然退社したと聞かされた。
二人はすぐに長男の自宅に向かった。
何度呼び鈴を鳴らしても、誰も出てくることはなかった。
不審に思ったのか隣の住人が出てきて、話を聞いてくれた。
すると隣の人は笑いながら、
「三人で旅行に出かけるって言ってましたよ」
そう教えてくれた。
二人にはどうしても納得がいかなかったらしい。
何で俺たちに何も告げずに出かけるんだ?あれだけ密に連絡を取り合ってたのに。
それからすぐに二人は、行きそうな場所として実家に向かった。
主の居なくなった家にたどり着いたが、そこにも三人の姿は無かった。
それから二日後、二人の元に警察から連絡が来た。
長男一家が事故死したと言う知らせだった。
事故の原因は、先に書いた通り不可思議なものだった。
葬儀が終わっても二人は押し黙っていた。
しばらくして二人は、長男一家の家の整理に追われた。
家の片付けをしている時に、忠司は長男が残したであろうメモ帳を見つけた。
そこには奇妙なことが書いてあったらしい。
『俺が何をした』
その言葉が、何ページにもわたって書き綴られていたそうだ。
最後のページには、
『俺と龍一郎そして忠司これで三人だ。もう終わりにしてくれ』
次男と忠司の名前が書かれていた。
それが最後のメモだった。
次男にそれを渡し、忠司は押し黙った。
それを見た次男は、「兄貴は神経質すぎたのかもしれない」
そう言い終えて、次男も黙りこくってしまった。
忠司は心底おびえたそうだ。
馬鹿にする次男を無理にさそい、祈祷師やらその手の除霊専門の所を、何カ所も回ったらしい。
細かく書けば、本当に凄い量になってしまう。
だからかなりはしょってるから、勘弁して欲しい。
長男が亡くなって二年経ち、次男が事故死した。
そしてその話を俺は聞かされた。
呪いと言われても、俺にはどうしてもピンとこなかった。
その話を聞いた後、俺は忠司に話し出した。
「なあ忠司。もしさ、呪いが存在していたら、俺は絶対に祟られてるよ。
お前も知ってるよな。俺が今まで、色んな女にしてきた仕打ち。お前が知らない話だってある。それこそ、いつ夜道で刺されてもおかしくないくらいだ。
刺されないにしても、相当恨まれている事は確かだと思う。現実に呪いが存在するんなら、俺はもう死んでるはず」
でも俺がどんなに語ろうが、忠司の周りでは不可解な事が起きているのは事実。
俺自身が一つずつあれやこれや説明しても、納得するわけもなく、話は平行線を辿るだけだった。
忠司は俺と話した後に、すぐに所持していた車を処分した。
「車で事故なんて嫌だし」
忠司は苦笑いしながらそう言っていた。
それからしばらく、何事もなく過ぎていった。
その間も、俺と忠司はちょくちょく会っていた。会って食事したり飲みに行ったりしてた。
しばらく会ってないなと気になりだしたときに、忠司から連絡がきた。
『病院にいて暇だから、見舞いにでも来てくれよ。話もあるし』
それを聞いて俺はすぐに病院に向かった。
病室に入り忠司の姿を見たときは、もの凄くショックだった。
別人かと思うほどやせ細った忠司がそこにいた。
動揺してることを悟られたくなかった俺は、
「個室なんてえらい豪勢だな」と笑って語りかけた。
すると忠司は、「俺これでも結構カネ持ってるんだよ」
笑いながら答えてくれた。
俺は病気のことは全く無知だからよく知らないが、進行の早い癌だと説明された。
余命三ヶ月。あまりにも突然の宣告だった。
忠司は話を続けた。
「呪いだよ」
そう言い放った。
俺はすぐさま「あるわけ無い」と食ってかかった。
忠司も言い返す。
「じゃあ偶然にも俺たち家族は、こんなにも短期間の間に全員が死ぬのか!」
忠司の目は怒りに満ちていたと思う。
話すうちに冷静になった忠司は、「お前に頼みがあるんだ」
「俺は出来ることは何でもしてやるから」
そう言った。
今になれば、その言葉は言うべきでは無かったと後悔している。
忠司の頼みとは、彼女の事だった。
忠司は学生の頃から、文代という女と付き合っていた。
忠司の彼女だから、俺もよく知っている間柄だった。
本当に良い子なんだ。忠司にはお似合いの彼女だった。
「文代の事なんだけどさ。お前、あいつを口説いてくれね」
それを聞かされた瞬間、俺は呆気に取られた。
忠司が言うには、病気のことを彼女に話した所、「今すぐに結婚するんだ」って言われたらしい。
呪いのことは、気が引けるらしく言えなかったそうだ。
まー言ったところで、聞く耳もつ女では無いと思うが。
俺は呆気に取られながらも言い返した。
「俺にも好みはあるんだよ。自己主張のキツい女には興味はない」
それでも忠司は、「お前以外にそんなこと頼める奴いないんだよ」
「そりゃそんなアホなこと頼めるのは俺ぐらいだろうけどさ、それは無理な話だ。俺が俺のままの性格で文代の立場でも、別れ無いと思うぞ」
そう言ってたしなめた。
「もし文代が俺と結婚したら、どうなると思う?」
忠司はそう俺に問いかけた。
「辛いかもしれないけど、本人が望むことなんだから仕方ないだろう」
そう答えるしかなかった。
「結婚して呪いがそのまま文代にかかったら、俺は死んでも死にきれない」
忠司の言葉は切迫していた。納得いくわけはない。
それでも忠司が呪いに拘るのであれば、文代と話してみようと俺は思った。
俺自身は呪いは否定している。それでも、これだけ続くと正直怖い。
俺が別れさせ無かったことが原因で、文代の身に何か起こったら……
そう考えると、たまらない気持ちになった。
俺はそれからすぐに、文代に連絡を取った。
強引に時間を作らせ、会う予定を入れさせた。
久しぶりに会う文代の顔は、見るからに疲れていた。お互い笑顔など無かった。
「忠司の事なんだけどさ」
そう切り出した。
文代は俺の話を遮るように、「別れる気はないから」
その言葉に、俺は次の言葉を見失った。
それでも何とか平静を装いながら、
「いきなりそれかよ」
そう言って文代の顔を見た。
文代の目は真っ赤だった。
文代にしてみれば、俺が何の話をしに来たのか、大体は想像ついていたんだろう。
忠司の代弁を頼まれて来たのだろう事を。
しばらく二人は黙っていた。
「別れることはもう出来ないよ」
いきなり文代が切り出した。
「そりゃそれだけ長く付き合ってたんだから、仕方ないさ」
俺はそう返した。
「そんなんじゃないよ」
文代は続けた。
「子供が出来たんだ。あの人の分身が、この中にいるの」
そう言って文代はお腹をさすった。
俺はその言葉を聞いて、頭の中が真っ白になった。
さらに文代は、
「子供が出来たことを彼に伝えれば、もしかしたら病気も治るかもしれない」
涙を流しなら文代は言った。
その言葉を聞いて、俺は我に返ったのだと思う。
「今のあいつには絶対に教えるな」
その言葉に文代は切れてしまった。
店の中だと言うことも忘れて、二人で言い争った。
程なく店員に注意された。
それでも口論が収まることはなく、結局話は平行線のまま、店を追い出されてしまった。
店を出て歩きながら、俺は文代を説得する方法を考えていた。
歩きながら文代に聞いてみた。
「そもそも何年間付き合ってきたんだよ」
「これだけ長く付き合ってきたのに何で今、妊娠するの?」
「避妊はしてたんだろ」
俺自身が疑問に思ったことだった。
さらに、聞きづらい事だとは思ったが、俺は続けた。
「出来たのがわかったって事は、あいつが入院する前にやったって事だよな」
本当にひどい聞き方だ。
文代は答えてくれた。
「今まではちゃんと避妊してたよ」
文代は続けた。
文代の話を聞いていくと、俺は寒気を覚えた。
四ヶ月くらい前に、変な夢を見たんだそうだ。三日間、夢は続いた。
最初に見た夢は、会った事もない男性で、何度も同じように「すまない、すまない」と言い続けていたらしい。
会ったことのない人なんだけど、何となく忠司に似ていたそうだ。
次に見た夢は、亡くなる前に紹介されていた次男だった。
同じように「ごめんね」と何度も言われた。
そして最後に見た夢は、忠司本人だった。
何度も振り返りながら、手を振っていたそうだ。
その夢を見て嫌な予感がしたらしく、結婚を急がなければと感じたらしい。
以前から、結婚の話になると忠司は消極的だったらしく、いきなり結婚話をしても変わらないだろうと思い、それなら妊娠してしまおうと考えたそうだ。
でも、妊娠したのがわかる前に忠司は入院してしまった。
文代はこうも言っていた。
「あの夢は、この事を伝えたかったんだと思う。
だから、子供が出来たことを知れば、必ず直ってくれるよ」
頭がおかしくなりそうだった。
「今日はもう遅いから明日また話そう」
と、文代を家に帰した。
その日は一晩中、寝ることは出来なかった。
何が最良なんだろう……
自問自答を繰り返して出た答えは、文代に呪いの話を告げることだった。
翌日は、文代を俺の家に呼んで話すことにした。
こんな話は外では出来るわけもない。体のことも心配だったし。
文代と話をし、すべてを教えてあげた。
何人もの人が死に、そして忠司の家族が亡くなり続けていることも。
夢の話や、細かい事もすべて話した。
文代はため息を付きながら、
「言えないよね、呪いなんて」
そう言った。
「それが結婚に踏み切れない理由だったんだね」
文代は泣いていた。
俺は文代に言った。
「あいつが呪いを信じてる以上、妊娠のことがわかれば、100%堕ろせと言ってくるだろう。もし文代が生む覚悟なら、絶対に言うな」
文代は、
「あの人の性格を考えれば言えないよね。でも堕ろさないよ」
涙をこらえながら言う文代を見て、俺は泣けてきた。
その後に俺たち二人は、これからのことを話し合った。
人の人生をこれだけ真剣に考えたのは、俺自身初めてのことだったかもしれない。
忠司の病が奇跡的に治ってくれれば、どれだけいいだろう。
それから俺は、暇があれば忠司の元に見舞いに行き、文代ともよく話をした。
忠司の病状は一向に良くはならなかった。
二ヶ月も経たないうちに忠司は危篤状態に陥った。
持ち直すことなく忠司は他界してしまった。
俺が駆けつけた時には、すでに忠司の体からは温もりは消えていた。
忠司は、自分が亡くなった後のことをよく考えていてくれた。
文代に保険のことや遺産のこと、俺と文代に葬儀のお願いや後の処分方法など。
文代に宛てた手紙。俺と文代に宛てた手紙。そして俺に宛てた手紙。
俺と文代に宛てた手紙には、もの凄く感謝の込められたものだった。
文代に宛てた手紙も、同じようなものだったらしい。
ただ、俺個人に宛てた手紙は違っていた。
その手紙の内容は、文代に見せられるようなものではなかった。
忠司が亡くなって半年ほど経った。もうすぐ文代は出産する。
無事に生まれてきてほしい。何事も無く成長してほしい。
ひたすらそう願うしかない。
俺は、忠司の残した遺言で今も悩んでいる。なんでこんな物を残したんだ。
忠司の残した手紙の中には、俺と文代の婚姻届が同封されていた。
そして忠司の残した手紙。
『文代のお腹に居る子供は俺の子供ではない。お前の子供だ。だからお前は、責任を取って文代を幸せにしろ』
忠司は、子供が出来ていたことに気づいていたのだ。
だからって強引に俺の子供にするなよ。
お前なりに考えたことだろう。
きっと、呪いの事で頭がいっぱいになっていたんんだろう。
お前の気持ちは良くわかる。でもこれはないだろ。
最後に忠司はこう綴っていた。
『頼むから文代を幸せにしてくれ。頼むからこの願いを叶えてくれ。もし叶えてくれなければお前を呪う』
忠司の身の回りで起きたことは、偶然だと俺は思いたい。
忠司が呪われる必要は、何一つ無かったはずなんだから。
もしかしたら、これは俺自身が招いたのかもしれない。
今までしてきたことの罰なのかな……
(了)