朝、林道を車で走って現場へ向かう途中。
前を歩いてた登山者が道の脇によけてくれたから、窓越しに会釈をした。
運転してた相方が「おまえ何してるんだ」と言ってきた。
「よけてくれたから会釈したんじゃねぇか、人が歩ってても徐行もせんと」
と返したら、「誰もいない」と言う。
振り返ったら、やっぱり誰もいない。隠れるところもわき道もない。
道の山側も谷側も絶壁。
ちょっと長い隋道をいつものように車で走っていると、後ろからターボエンジンの爆音が聞こえてきた。
「えらアオってんなぁ」とバックミラーを見たが、後続車はない。
車の影はないのに、暴走族のような不規則な爆音だけがピッタリとついて来る。
相方「聞こえるか……」
オイラ「聞こえてる……」
相方「後ろにゃなんもねえよなあ……」
オイラ「なんもねえ……」
「うわあああ!」と、二人でひっくりかえった声を出し、ブレーキを踏んで減速すると、(隋道の真ん中で停車するのも怖い)ターボエンジンの音だけがオイラ達の軽トラを追い越して行った。
翌日、落ち着きを取り戻した二人は、
「昨日のアレは、自分の軽トラの音が、隋道の中で反響して聞こえたのだ」
「追い越されたように思ったのは、軽トラが隋道の半分を過ぎた時、音の跳ね返る向きが変わったのだ。行くのか来るのかわからない、救急車のサイレンと同じだ」
と結論を出し、なぜか「今日も聞こえるはず」と決めてかかり、同じ時刻に同じ隧道を通り抜けた。
あの音があの日だけのものであったことは言うまでもない。
忘れもしない一〇月十三日、東京都青梅市成木の吹上隋道での出来事。
枝打ちをしていると、二〇メートルほど下の方で二人連れらしき女の話し声がする。
楽しそうに笑っている。
たまに鉄砲撃ちが犬を連れて入ってくる事はあっても、一般のハイキングのオバサンが歩けるようなところじゃない。
もちろん道なんかない。
風に乗って遠くの人声が聞こえてきたのでは、と思ったが、尾根にもハイキングコースはない。
これは相方も聞いていて、気味悪がっていた。
夏の草刈の時に、現場のすみの方で、小柄な老人がジッとこちらを見ていたことがある。
好意も悪意も感じられず、ただ仕事振りを見ている、というカンジだった。
オイラが会釈をしても全く意に介さないふうで、相方に「あのジイサン知ってるかよ?」と訊いたんだが、見えてたのはオイラだけだった。
その日は小雨のそぼ降る梅雨近い日だったが、ジイサンは四~五時間はそこにいたろうか。
百姓のような身なりで、古くからの地元の人、という印象だった。
別の草刈の現場ではこんなこともあった。
敷地の境近くを刈っていると、境界の向こうの隣の敷地から草刈機の大きな音がする。
エンジンの調子が悪そうな大ぶかしの音。
でも隣の筆には作業者なんか入ってなかった。
その音はすぐやんで、それっきり聞こえなくなったので、空耳だろうということにして作業を続けていた。
そのうち煙草が吸いたくなったので、きりのいいところで休もうと考えていたら、耳元で誰かが「一服だんべぇ」とささやいたのだ。
あわてて相方を探すと、はるか遠くに草刈機をふるう姿が小さく見える。
とても声の届く距離じゃない。
「わかったから話しかけねぇでくれ」と、思わず声に出して言っちまった。
そのあとも「一服だんべぇ」は、三~四回オイラにささやき続けた。
山を降りて、ふもとの部落の人に「昔誰か作業者が死ななかったか」と訊いてみたが、そういうことはなかったそうだ。
あの声の主は誰だったんだろう……
さらに別の草刈の現場では、『三人』に囲まれてかなりパニクった。
その時ばかりはすごい悪意と害意を全身で感じた。
一体何が気に入らなかったのか解らんが、『何かされる』と感じたオイラは、
「仕事してんだよっ、忙しいんだよっ、たのむから邪魔しねぇでくれよ!!」
と大声で怒鳴った。
自分が呼ばれたと思った相方は、エンジンを止めて「呼んだかぁー」と言った。
真夏の昼下がり、気温は四〇度を越えていたが、冷たい汗をベッタリかいた……
(了)